「バベルの塔ふたたび」

・久しぶりにP.ブリューゲルの「バベルの塔」が来日し、展覧会が行われている。今までにも何度か目にする機会はあったものの、そのたびに感動を新たにすることができる素晴らしい作品である。ご存知の通り彼の作品にはもう一つ、これよりもさらに大きな作品で、あるいはより有名な絵がウィーンに存在している。今回の作品はオランダのロッテルダムにあるものであるが、ウィーンの作品より2年ほど後につくられたもので、画面は二回りほど小さくなっているが、絵としての完成度は高いのではないかと感じられるし、絵の中でも工事中の塔がさらに完成に近づいているからではないが、全体として甚だ見ごたえのある素晴らしい作品だと思う。二つの作品ともそれぞれに強く訴えるものをもち、見る者に強く迫るものを感じさせる素晴らしい作品である。
・この時期にバベルの塔を見せられるということは、何か強い暗示めいたものを感じるのは私だけであろうか。私は今の世界や日本の社会情勢を痛烈に批判する鋭い作品ではないかと感じている。ブリューゲルがこの絵を描いた時代のネーデルランドはスペインの支配下にあり、庶民はその圧政に苦しんでいた時期ではあったが、まさにスペインの誇る無敵艦隊が敗れ、「日の沈まない帝国」スペインの凋落の始まる時期でもあった。いかに強大であっても、人間の権力の限界があり無限に続くものではないことを肌で感じることができたのかもしれない。
・この絵の題材となった「バベルの塔」はもちろん旧約聖書創世記に記されている物語に由来するもので、人類が次第に己の力を過信して、神にまで届くことができる塔を築こうと共同作業を始めた結果出来上がってきた塔の姿である。己の力を過信し神への怖れの心を失ってしまい増長していく人間の姿に神の処分がくだされた結果、言語が乱され、お互いに通じ合うことができなくなってしまい、結局ばらばらに散っていく物語であるが、あたかも現在の世界の姿に酷似しており、現代人への神の警告として受け止めるべきものが沢山見られるように思われる。現在の世界各国の動きや国内の政治にも自分第一、自己中心の主張が強く、まさに世界がバラバラになっていく兆候としか思えないのである。
・私はブリューゲルの画家としての力量も高く評価するところであるが、その背景にある彼の豊かな思想、洞察力そして強い信念に敬意を抱いている者もである。時代の厳しい制約の中で、自己の信念を貫き主張すべきものをしっかりと描きこんでいるその逞しさに強く励まされる思いがするとともに、自分の生き方にも示唆されるものを覚え、深い感動を味わうことができ感謝するのである。来年はまたブリューゲル一族の展覧会が企画されているやに伺うので今から期待が高まり、楽しみである。          <S・M>

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