対立を超えて ― いのちのリレー

・つい最近私はあの有名な医師鎌田實先生に何度かお目にかかる機会がありました。先生の沢山の著書を拝見しながら、多くの人々に慰めや励ましになるのではないかと考え、地元でご講演をお願いしました。その一連のお話し合いの中で、「実は僕は絵本も作っているんだよ」ということを仰いました。その絵本のタイトルは『アハメドくんの命のリレー』というものです。

・これはイスラエルとパレスチナの紛争の中に咲いた一輪のバラのようなかぐわしい物語です。実話を鎌田さんが物語として文章を書き、画家に絵を描いていだいたものです。パレスチナ紛争には心痛めていた私にとって、実に感動的で多くのことを教えられる物語でありました。その内容をかいつまんで紹介することはなかなか困難ですが.敢えてまとめてみます。

・主人公のアハメドくんは、パレスチナ自治区の西岸地区ジェニンに住んでいる12歳の少年でした。2005年、ラマダン明けのある日彼はイスラエルの狙撃兵に撃たれます。パレスチナでは治療ができずイスラエル北部のハイファの病院で手厚い治療を受けたものの彼の生命は戻りませんでした。ところが彼が脳死状態の時、医師は臓器移植の提案をするのです。アハメドくんの父、イスマイルさんは結局これを受け入れ、彼の腎臓、肺、肝臓、心臓がそれぞれ別の6人の子どもたち(全員イスラエル国籍)に移植されたそうです。殺された息子の臓器を、殺した国の病気の子どもたちに分け与える、つらい決断でした。それは「我々は平和と平等を望んでいる。好んでテロリストになっているのではないというメッセージになれば」との強い思いが籠められているものでした。

・この事件から5年たった2010年、鎌田さんは現地を訪ね移植を受けた人々と会いたいと願いました。移植を受けた6人のうち1人は残念ながら早く亡くなったようですが、あとの5人はアハメドくんの臓器のおかげで元気に過ごしているようでした。しかし、彼らは鎌田さんにもアハメドくんの父親イスマイルさんにも会おうとはしませんでした。

ただ1人、心臓移植を受けた少女の父親は大歓迎をしてくれたそうです。そしてその少女サマンサさんも鎌田さんを迎えてくれました。彼女は来年18歳、医学部の受験を志しているとのことです。彼女は「医師になってたくさんのいのちを救いたい.イスラエルとパレスチナの平和のために働きたい」と述べたそうです。イスマイルさんはアハメドが今も生き続けているような気がすると目を潤ませました。鎌田さんはそこに、少年が果たすことのできなかった夢を、心臓と共にしっかりとバトンタッチされて生き続けているのを見たのです。

・聖書に『あなたの敵を愛しなさい』という言葉がありますが、まさにこれを実践したお話です。なかなか真似ることのできないことかもしれません。しかし現代に最も必要なことを示してくれているような気がしてなりません。このような素晴らしい絵本に出会えたことを感謝しています。

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