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『神の救いを見た』

説教:髙橋正人師
聖書箇所 ルカ2:21-39

はじめに

本日は、今年最初の礼拝です。赤子の主イエスと出会った二人の人たちの信仰をみてまいります。

Ⅰ.神の時を待ち望む

主イエスの両親は、律法に記されている通りに、生後八日目に、赤子のイエスに割礼を施すためにエルサレムに上りました。その時、シメオンとアンナは赤子の主に出会いました。シメオンもアンナも、イスラエルの慰められるのを待ち望んでいた人、すなわち神の救いを待ち望んでいた人でした。

これら二人の神の時を待ち望む信仰姿勢は、今の私たちも同じです。私たちは今、すでに救い主イエスが、十字架の救いの御業を成し遂げて下さった時代に生かされています。全てにおいて、主の時があることを覚えて、主を待ち望み続けましょう。「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」(伝3:11)のですから。

Ⅱ.神のみ言葉の約束を受け入れる

シメオンは赤子のイエスを見て、「私の目があなたの御救いを見た」と言って、神をほめたたえました。また、アンナは「神に感謝をささげ、エルサレムの贖いを待ち望んでいたすべての人に、この幼子のことを語」りました。彼らはそれぞれ、赤子の主イエスを見て、この赤子こそイスラエルに慰めと救いをもたらす救い主だと確信したのです。

彼らが赤子のイエスを見て、それが救い主であると確信したのは、究極的には聖霊の導きによることです。しかし、彼らは、神の律法の定めに従って、両親に抱かれて神殿に来た主イエスを見たのです。すなわち、み言葉に約束された赤子の救い主を見たのです。私たちも、神のみ言葉の約束を、信仰によって見るのです。「信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるものです。」(へブル11:1)

Ⅲ.主が再び来られることを待ち望む

主イエスの両親は、律法の慣習を守るために、幼子をエルサレムの神殿に連れてきました。そして、律法に記されていることをことごとく幼子に施しました。このことは、主イエスが律法の下に生まれてくださったことを示しています。そして、シメオンは両親を祝福し、母マリアに赤子のことについて預言しました(ルカ2:34-35)。

主イエスは、律法の下にいるすべての人とまったく同じくなってくださいました。その主は、十字架の贖いのみ業によって、すべての罪人を律法の支配から解放されたのです(ガラテヤ4:4-7)。私たちは今、主イエスの十字架による救いの時に生かされ、主が再び来てくださるのを待ち望む者とされています。私たちが御国を受け継ぐことの保証として聖霊が共におられます(エペソ1:14)。今年も、主と共に歩み続けましょう。

おわりに

主イエスは、律法の下に、私たちと同じ人となってくださいました。その主は、すべての人の罪の身代わりとして十字架による救いのみ業を成し遂げてくださいました。私たちはこの主の十字架の贖いを、信仰によって見て、体験したのです。再び来られる主を待ち望み、主と共に歩み続けてまいりましょう。

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