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『信仰によって義とされる』

説教:髙橋正人師
聖書箇所 ガラテヤ2:15-21

はじめに

本日は、だれでも主イエスを救い主と信じる者は神の前に義とされる幸いについてみます。

Ⅰ.律法は罪人を救い主へと導く養育係

ユダヤ人は、自分たちは神から律法を与えられた特別な民族で、律法を知らず、守ることをしない異邦人を「罪人」と呼んでいました(ガラテヤ2:15)。しかし、パウロはユダヤ人をはじめ、すべての人間は神の律法を守り行うことはできないと語っています。つまり、律法を行うことでは、人は救いを得ることはできないのです。

神が律法を与えられたのは、人が自分の力で神の基準に達することはできないということを分からせるためで、主イエスを信じる信仰によって救われることへと導く「養育係」となるためでした(ガラテヤ3:24)。私たちは今、主の十字架による救いを受け、信仰によって救いをいただいている幸いにあることを覚え、主に感謝し、この神の救いを隣人に宣べ伝えましょう。

Ⅱ.主イエスを信じる者は義とされる

パウロは、「人は律法を行うことによってではなく、ただイエス・キリストを信じることによって義と認められる」(ガラテヤ2:16)と宣言しています。「義と認められる」とは、一つは、神の前に完全に罪のないものとされていることを表しています。そして二つ目は、神が罪のない者としてくださったことで、神との分け隔てのない自由な交わりを持つことができるようにしてくださったことを意味しています。

罪ある私たちは、本来、その罪の刑罰を受けなければならないものでした。しかし、御子イエスが十字架で全ての罪人の刑罰を受けてくださったのです。主が救いを完成してくださいました。この主イエスを信じる者は裁きを受けないばかりか、神の前に義なるものとして立つことを許されているのです。主の御名をほめたたえ、主の愛に応えて、主に仕えてまいりましょう。

Ⅲ.復活の主が内に生きておられる

パウロは、自分の内に復活された主が生きておられること。さらに、「今私が肉において生きているいのちは、私を愛し、私のためにご自分を与えてくださった、神の御子に対する信仰によるのです」と語っています(ガラテヤ2:20)。

パウロがここで、「肉において生きている」とは、具体的な体をもって毎日を生かしてくださっている主によって生活しているということです。主イエスを信じて歩むとは、毎日の生活の中で、具体的に私たちを生かしてくださっているのは主なる神であるということです。私たちは主の十字架によって、主と共に自由に生きるものとされました。主の恵みによって、神の愛に生きる者とされたことを喜び、感謝をもって、主を賛美して行きましょう。

おわりに

私たちは主イエスを信じる信仰によって救いをいただきました。様々な律法に縛られたり、恐れをもって生きるのではなく、神の恵みによって生かされ、主の愛に生きる者とされたのです。主の救いを感謝し、主の御名を崇めましょう!

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