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『神に召し出された者たち』

説教:髙橋正人師
聖書箇所 ヨハネ15:18-27

はじめに

本日は、私たちは神に呼び出されたものであるということについてみます。

Ⅰ.み言葉に聞いて信じる幸い

主イエスは、最後の晩餐において、弟子たちに告別説教を語られました。この後、弟子たちは主イエスとこれまでのように顔と顔を合わせて会う事ができなくなります。

主イエスは、これまでのように会えなくなる弟子たちにみ言葉を語られたのです。信仰は、証拠となるものなどを見て納得することではなくて、み言葉を聞いてそれを信じることによります。主は、ご自身の復活を信じなかった弟子のトマスに、「見ないで信じる人たちは幸いです」(ヨハネ20:29)と語られました。「信仰は聞くことから始まります。聞くことは、キリストについてのことばを通して実現するのです。」(ローマ10:17)主が語られているみ言葉に聞きましょう。

Ⅱ.最後まで耐え忍ぶ人は救われる

主は、弟子たちに「わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です」と語られ励まされました。それと同時に、世は弟子たちを憎むようにもなるとも教え、心備えをするようにと語られます。これは、今日の私たちクリスチャンにも語られていることです。

世は、神が遣わされた主イエスを知らないために、罪に支配されているところでもあります。主は、この世の罪が神に対立することを教えています(ヨハネ15:20-25)。世が主を憎んだように、クリスチャンたちも世に憎まれ、迫害されることがあるのです。しかし、主は私たちがそれに耐え忍ぶとき、その報いは非常に大きいことを約束しています。「わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれます。しかし、最後まで耐え忍ぶ人は救われます。」(マタイ10:22)

Ⅲ.主に召し出された私たち

主イエスは、世は主イエスと父なる神をも憎んでいると言われました(ヨハネ15:23)。しかし、聖書は「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16)と神が世を愛されていることを教えています。確かに、御子イエスは私たちを「友」と呼び、ご自身の「友のためにいのちを捨てて」下さいました(ヨハネ15:13)。それが主の十字架です。

主イエスは、人の罪の身代わりとして十字架に死んでくださいました。しかし、神の愛は、私たち人間の、この世の憎しみと罪に勝利し、それを乗り越えて下さいました。それが主イエスの死からの三日目の復活です。神はすでに、復活によって世の憎しみ、罪に、勝利して下さり、私たちを召し出してくださいました。神に召し出された私たちは、神の愛によって勝利するものとされたのです(ヨハネ16:33)。復活の主を信じて、信仰生活を歩み、救い主イエス・キリストを宣べ伝えて行きましょう。

おわりに

主イエスは、私たちがまだ神に敵対しているときでさえ、神の民として選んで下さいました。私たちは、この世では確かに戦いがあります。しかし、主は十字架によって勝利してくださいました。私たちは、神の復活の勝利を頂いたのですから、この救い主を大胆に宣べ伝えて行きましょう。

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