『私たちは神の宮』
はじめに
本日は、私たちは主イエスを信じる信仰によって、神の宮として建てあげられ続けている幸いについてみます。
Ⅰ.キリスト者は神の宮
パウロは、教会は主イエス・キリストという土台の上に建てられた神の宮であると語り、「あなたがたは、うちに御霊が住む神の宮である」と語ります(Ⅰコリント3:16)。
教会が建てあげられていくのは、神が成して下さる恵みのみ業のゆえです。それと同時に、私たちにも委ねられていることがあります。私たちは、神の宮とされていることを覚え、み言葉に従って、御霊の導きによって、それぞれが与えられた賜物を用い合いながら建てあげ、建て上げられて行きましょう(エペソ4:16)。
Ⅱ.神の知恵によって建てあげる
パウロは、神の宮に御霊が住まわれるのであれば、神の宮を壊す者は、神がその人を滅ぼすと警告しています(Ⅰコリント3:17)。これは、神を礼拝する群れである教会は、生ける主イエスへの礼拝においてこそ、神の宮として建てあげられて行くということ。逆に、神の宮の破壊は、礼拝を重んじないことから始まり、この世の知恵を求め、知恵者となって自分を誇ろうとする思いによって起こることを教えています。ここでは、具体的には、教会内で起きた内輪揉めや党派争いです。
聖書は、教会で内輪揉めや党派争いが起るのは、「自分はこの世で知恵のある者だと思う」、欺きによると教えています(Ⅰコリント3:18)。教会が、またクリスチャン一人一人が成長して行くのは、神の知恵と恵みによることであり、礼拝を中心とした信仰生活が土台です。礼拝を中心として、日々の歩みの中に、主の導きを求め、主のみ言葉に耳を傾けて歩み続けましょう。
Ⅲ.私たちはキリストのもの
パウロは、本当に知恵のある者となるためには、愚かな者にならなければならないと勧めます(Ⅰコリント3:18)。逆説的ですが、これは、彼が「神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強い」ということを知っていたからです(Ⅰコリント1:25)。さらに、彼はこの世の知恵より、はるかに偉大な恵みと知恵のすべてが主イエスによって与えられていることを知っていたからです(Ⅰコリント3:21、ローマ8:37)。
主イエスを信じた時、信じる者はだれであっても主のもの、神の民とされます。そして、「すべてはあなたがたのもの」という恵みの内に生かされます(Ⅰコリント3:21-23)。私たちは、キリストの民とされたことを覚えて、主に感謝し、ますます神の建物、神の宮として建てあげられて行きましょう。
おわりに
私たちは、主イエス・キリストを信じる信仰によって、神のもの、神の民とされました。私たちのうちには、聖霊が住んでくださっています。キリストに似る者として、また神の宮として建てあげられ続けましょう。

