『神の与える名』
はじめに
本日は、信仰によってアブラハムの子孫とされた私たちは、彼と同じ契約の中で導かれているという幸いをみます。
I.新しい契約を結ばれた神
神はアブラムが九十九歳の時、「わたしは全能の神である。」と語りかけ、契約を結ばれました。それと同時に、アブラムと妻のサライに、新しい名を与えました。これは契約の確かさを保証する一つのしるしで、彼らが与えられた名にふさわしく、「多くの国民の父」、「王女(国々の母)」となるようにされるということを示したものでした。
今も変わることのない神は、私たちを、主イエスの十字架の贖いによる新しい契約のもとで、神の子として新しく生きる者としてくださっています(IIコリント 3:6)。各々が、神から与えられた賜物によって、神の栄光を表すものとされていることを覚えましょう。
II.神の前に歩み、全き者であれ
神は続いて、アブラムに「あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ。」と告げられました。「神の前に歩む」とは、神を見上げ、神を信じて歩むということです。また、「全き者」とは、神との深い関わりの中に生きる人のことです。
今日のクリスチャンは、内に住まわれる聖霊によって、日々新しくされ、キリストに似るものとして成長させて頂いています。あらゆる神の霊的な知恵と理解力によって、ますます神の御心を教えていただき、神の前に全き者として歩み続けましょう。
III.主イエスにあって神の民とされる
神は、アブラムとの契約の確かさを保証するものとして、二つのしるしを与えました。一つは、アブラムとサライに新しい名を与えたこと。そしてもう一つは割礼です。神が共におられるというこの約束としるしをもって、彼らは神と共に歩みました。
この契約は、新約時代における救いの雛形として、本質的には継続されています。私たちクリスチャンは、主イエスを信じた時、主の御名により神の子として新しくされ(IIコリント 5:17)、主と共に生きる者とされます。また、神の民であることのしるしとして、心に割礼を受けました(ローマ 2:29)。神は主にあって、私たちを信仰によるアブラハムの子孫として、主による新しい契約の中で導いてくださっています。祝福を 受け継ぐ神の民とされていることを覚えて、主に従う歩みを続けましょう。
おわりに
アブラムは、九十九歳で全能の神から新しい名を与えられ、信仰の歩みを全うしました。彼は全能の神によって、生涯、神の恵みの中を全き者として歩み続けました。私たちも、主イエスの父なる神のみ顔の前で、主と共に歩む幸いを覚えましょう。

