『神の箱の帰還』
はじめに
本日は、先週に引き続いて、サムエル記から神の箱の帰還についてみてまいります。
Ⅰ.天地創造の神だけが唯一まことの神
イスラエルは、ペリシテとの戦いに敗れます。奪い取られた神の箱は、戦利品としてアシュドデの町にあるダゴンの神殿に置かれます。翌朝、ダゴン像は神の箱の前にうつぶせに倒されていました。人々は、像をもとに戻しましたが、さらに次の朝、像は頭と両手が切り取られた状態で別の所に倒れていたのです。
このことは、偶像は単なる物でしかなく、生きている真の神は唯一であることを示しています。イスラエルの民が戦いに敗れて神の箱が奪われてしまったことは、神が許されたことで、このことを通して、神の民イスラエルにもペリシテ人にも、神が唯一まことのお方であることを示すためでした。今も変わることのない神は、御子イエスを通して生ける神であることを証してくださっています。
Ⅱ.神自らが戦って勝利される
敵地アシュドデの町に置かれた神の箱によって、その地の人々は大きな災いを受けます。人々は神の箱を別の町に移しましたが、そこでも同じ災いが起ります。神が自ら戦い、御手がその地に非常に重くのしかかったのです。ペリシテの領主たちは、神の箱に「元の場所に戻っていただく」ことを決めます(Ⅰサムエル5:6-12)。結果、神の箱は、イスラエルのベテ・シェメシュの地に帰還します。
人の目には、神はペリシテの偶像の神に屈し、恥辱さえ受けたように見えたことでしょう。しかし、イスラエルとの契約を堅く守られる神は、自ら敵に勝利されて、神の箱をイスラエルの民のもとへと返されたのです。主イエスは十字架の救いの御業によって、死にさえ勝利されました(ヨハネ16:33)。そこに人の力は介在していません。主イエスを神の御子と信じる者は世に勝つ者とされているのです(Ⅰヨハネ5:5)。ハレルヤ!
Ⅲ.キリストの十字架と復活
奪われた神の契約の箱がイスラエルに戻ってきたことと、主イエスの十字架の救いの御業とは重なり合っていると言えるでしょう。見捨てられ奪われた神の箱のように、主イエスは人々に捨てられ罪人の身代わりとなって十字架で死んでくださいました。しかし、父なる神は、御子イエスを死者の中から復活させ、死に打ち勝った者とされました。これらは、神の箱の帰還のように人の考えや能力によることではなく、ただ神の力に拠ったことです。
神の箱のことを通して、神は罪を裁かれますが、その裁きの中でもなおイスラエルの神であり続けることを示されました。私たちは、罪の中に捕らわれていた者でしたが、主イエスの十字架によって神の民として勝ち取られた者とされたのです。今は、神の民とされていることを感謝し、世の光、地の塩として主と共に歩み続けましょう。
おわりに
イスラエルは、その不信仰のゆえに神の臨在の象徴である神の箱を奪われました。しかし、神は契約のゆえに神の民のもとに帰って来てくださいました。神は、今も罪と滅びに奪われていた者たちを、御子イエスの十字架の贖いによって取り返して、神の子としてくださっています。神の民とされていることを感謝し、神の救いの恵みを大胆に証して行きましょう。

