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『健やかに生きる』

説教:髙橋正人師
聖書箇所 マルコ5:21-43

はじめに

本日からアドベント(待降節)となります。聖徒たちが「健やかに生きる」ようにと導いてくださっている主イエスを見ます。

Ⅰ.会堂司ヤイロ

大勢の群衆が主イエスのもとに集まる中、会堂司ヤイロは主の足もとにひれ伏して、死にかけている娘が救われて生きられるようにと懇願します。彼は会堂司という立場を捨てて、主イエスに助けを求めたのです。主は、そんなヤイロの願いを聞いて、彼と一緒に娘のところに行かれます。

ヤイロは、娘のことで主の助けを求めに行くまでは、群衆と同じように主と関わりを持とうとはしていませんでした。主はその様な人でも、助けを求めて来た者を受け入れて共に歩まれるお方です。今も主は、私たちをご自身のもとに来るように招き、語りかけておられます。神は、呼びかけに応えて主のもとに来る全ての者たちを受け入れてくださるのです(詩篇120:1)。

Ⅱ.十二年の間、長血をわずらっていた女

ヤイロの家へと急ぐ途中、群衆の中にいた十二年間長血をわずらっている女性が、主の服に触れて病が癒されます。主は、自分のうちから力が出て行ったことにすぐ気がつき、「だれがわたしの衣にさわったのですか」と捜しました(マルコ5:25-29)。主が癒された人を捜したのは、その人との人格的、個人的な交わりを通して神への信仰に導くためでした。

主は女性の長血の病の癒しと共に、社会復帰をも宣言されたのです(レビ15:25-30)。今も変らない主は、ヤイロや長血をわずらっていた女性と同じように、救いを求める人たちを受け入れ、「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい。苦しむことなく、健やかでいなさい。」と応えて下さるのです。

Ⅲ.神と人との目線の違い

主が長血をわずらっていた女性のことに関わっている間に、ヤイロの娘の死が知らされます。それはヤイロが最も恐れていたことでした。深い絶望と諦めの中にいるヤイロに、主は「恐れないで、ただ信じていなさい」と語られます。また、ヤイロの家では、取り乱した人々が大声で泣きわめき、騒いでいましたが、主は「その子は死んだのではありません。眠っているのです。」と語られ、その娘を生き返らせました。そして、「少女に食べ物を与えるように言われた」のです(マルコ5:35-43)。

主イエスの言葉に、神と人が見ていることの大きな違いを見ることができます。主は、死の圧倒的な力の前で恐れおののくしかない私たちに、主イエスの十字架の贖いによって永遠の命に生きる救いの道があることを見ておられます。神は、救いを求めて来る者の願いに応え、死の支配からの解放を与え共に歩み続けて下さいます。主イエスは、人々の救いのために、この世に来てくださったお方なのです(Ⅰテモテ1:15)。

おわりに

主イエスは、この世に人となって来てくださいました。それは、死の圧倒的な力の支配からの解放を人々に与えるためです。主は今も、主を信じる者たちと共に歩み続けておられます。途中で神を見失いそうになっても、主は常に共にいて「恐れることはない。ただ信じなさい」、そして「健やかでいなさい」と語って導いてくださっているのです。

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