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『福音の恵みを受ける』

説教:髙橋正人 牧師

はじめに

本日の聖書箇所から、福音によって自由とされた恵みをもって、福音に仕えるしもべとなった使徒パウロの信仰をみてまいります。

Ⅰ.主に自由にされた者は、主のしもべである

キリスト者は主イエスの十字架の贖いによって、いっさいのものから自由にされました。しかし、パウロは福音のために「すべての人の奴隷となりました」と語ります(Ⅰコリント9:19)。それは、主から与えられた自由をもって、福音を宣べ伝え、「何とかして、幾人かでも救うため」でした(Ⅰコリント9:22)。

パウロがこの様に語っているのは、このキリストにある自由が主によって与えられたものであることを十分理解していたからです(Ⅰコリント7:22-23)。すなわち、御子イエス・キリストの命という代価もって買い取られた者は、それを支払ってくださったお方のものになるからです。ですから、私たちクリスチャンは全て、主イエスのしもべとされた者です。

主イエスご自身は、私たちの救いのために、「ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました」(ピリピ2:7)。ここに主が私たちのしもべとなってくださった、へりくだりが示されています。私たちも、主イエスに倣って、人々と同じ目線に立って福音を宣べ伝えようではありませんか。

Ⅱ.福音の恵みを受けるため、福音を伝える

パウロは「私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです」(Ⅰコリント9:23)と語ります。福音は、持ち物として所有するというものではなく、福音に生きてこそ真の喜びがその人の内にもたらされます。ですから、私たちが福音を宣べ伝えることによって、福音の豊かな恵みにあずかることができるのです。

私たちが救われたのは、ただ主の憐れみと恵みによることです(エペソ2:5)。本当に福音の恵みを知る時、その恵みの偉大さと喜び故に、福音を宣べ伝えずにはいられなくなります。弟子たちは、約束の聖霊を受けた時、目には見えなくても復活の主イエスが共におられることを実体験しました。そして、迫害や様々な困難の中にあっても、聖霊に押し出されて主の福音を宣べ伝えずにはいられませんでした。それは、弟子たちの内に、福音の恵み、命が満ち満ちていたからです。出て行って福音を宣べ伝える時、真に福音にあずかっていることの喜びが溢れることを覚えましょう(ルカ15:10)。

Ⅲ.福音の恵みを受けるため、主を見上げ続けよ

パウロは、福音の恵みを受けることを競技者にたとえます。競技者が賞を獲得するという目的のために、あらゆることを自制し、体を鍛練します。私たちクリスチャンも同じように、再臨のキリストに出会うため、神の御国に入るという目標を持って、信仰生活に励むのです(Ⅱテモテ4:8)。

この主からの栄冠を受けるために、パウロは「自分のからだを打ちたたいて従わせます」と霊の思いと人の思いの戦いを語ります(Ⅰコリント9:27)。しかし、私たちは聖霊によって主イエスの十字架の贖を教えられ、救われた者です。「私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。」(ガラテヤ5:25

主からの栄冠を受けるという目標のために、いっさいの重荷を主に委ね、御霊によって罪をきよめて頂き、信仰のレースを忍耐をもって共に走り続けようではありませんか。そのために、「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないで」いましょう(ヘブル12:1-2)。

結 び

パウロは、だれに対しても自由でしたが、より多くの人を主に導くために、すべての人の奴隷となることを選びました。それは、全てのものから自由であった神のひとり子イエスが、かえって私たちのしもべとなって仕えてくださった姿に倣うものです。主イエスの十字架によって、私たちは罪から解放され、全き自由を頂きました。その自由を、キリストの福音のために用い、私たちも真の福音の恵みにあずろうではありませんか。

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