礼拝説教

礼拝メッセージ

ホーム > 礼拝説教:2014年礼拝メッセージ

『神の祝福を求めて』

説教:髙橋正人 牧師
聖書箇所 ルカ11:24-32

はじめに

本日の聖書箇所から、主イエスが言われる「幸いな人」について、見てまいります。

1.自分の心の王座に主イエスを迎え入れる

初めに、主イエスは、人から出て行った汚れた霊がまた戻って来るというたとえを語られます。汚れた霊は、人を支配して、神の恵みから引き離してしまう霊です。主イエスは、そのような悪しき霊に支配されている人を解放してくださいました。

次に、主は圧倒的な力によって悪霊の支配から解放され、救いにあずかった者の生き方について教えます。人は本来、聖霊が住まわれる神の宮として創造されました(Ⅰコリント6:19)。しかし、罪のために、その内に主を受け入れないために、悪しき霊に捕らわれているのです。主イエスによって悪しき霊の支配から解放されたなら、自分の心の王座に主を迎えることが必要です。そうでなければ、初めの状態よりもさらに悪くなってしまうからです(ルカ11:26)。 主イエスによって救いを頂いたなら、「掃除をしてきちんとかたづけた家」を空き家にしておいてはいけません。自分という家に主イエス・キリストをお迎えし、主イエスに私の家の主人となって頂きましょう。

2.幸いな人とは

主がたとえを語っておられると、一人の女性が、主の成された御業を見て感嘆の叫びをあげました(ルカ11:27)。この女性の最大の賛辞に対して、主イエスは「いや、幸いなのは、神のことばを聞いてそれを守る人たちです」(ルカ11:28)と応えられます。

この女性は、主イエスの言動を見て感動はしましたが、それは母親としての感動であり、感嘆の念でしかありませんでした。御言葉を聞いて心に受け止め、主イエスを信じて心に迎え入れたのではありませんでした。大切なことは、主の御言葉によって心を揺さぶられて御言葉に従うこと、また、自分自身を主によって全く新しく造りかえて頂くことです。それが、「神のことばを聞いてそれを守る人」の姿であり、真に幸いな人なのです。

御言葉を聞いたなら、この一人の女性のような感激の叫びや、主に対する好印象を抱くだけではなく、御言葉に従いましょう。聖霊の助けによって、心に主イエスを迎え、主の救いの恵みを頂こうではありませんか。

3.御言葉を聞いてそれを守る

この女性の主イエスの言動に対する態度は、彼女だけではなく、周囲の人々も抱いていたものでした(ルカ11:14)。それで、群衆は増えて行き、なお確かなしるしを求めて主のもとに集まって来ました。主はしるしを求めてやって来た群衆に対して、「この時代は悪い時代です」と語られました(ルカ11:29)。人々が「しるしを求める」のは、自分を納得させる根拠を示したなら信じるという、思い上がりを表しています。

主は、「ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられません」(ルカ11:29)と言われます。ヨナのしるしとは、ニネベの町の人々が、彼の語る御言葉を聞いて町全体をあげて罪の悔い改めをしたことです。ヨナは驚くような奇跡は何一つ行いませんでしたが、ニネベの人々は「しるし」ではなく、彼が語る主の御言葉を聞いて、それに応答したのです。

主イエスは、ヨナのしるしのことを語りながら、「人の子がこの時代のために、しるしとなる」(ルカ11:30)と言われました。私たちが、主イエスをどのように受け入れ、信じるかが、救いを決定するのです。私たちがまだ罪人であったとき、主イエスの方から私たちのために十字架で死んでくださり、私たちに対する愛を示してくださいました(ローマ5:8)。この主の愛に応え、主イエス・キリストを心に迎え入れ、主と共に歩んで行く時、主にある豊かな恵みを頂けることを覚えましょう。

まとめ

主イエスは、罪人の身代わりとして十字架にかかって死なれ、三日目によみがえられました。このことは、「ヨナのしるし」よりもはるかにまさる「しるし」です(ルカ11:32)。主の十字架の贖いこそが、私たちの救いです。私たちはこの救い主イエスを御言葉によって知りました。神の御言葉を聞いてそれを守る者とさせて頂きましょう。「十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。」(Ⅰコリント1:18

このページのトップへ

日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団

神召キリスト教会

Copyright (C) Shinsho Church. All Rights Reserved.
〒114-0023 東京都北区滝野川 6-64-9
最寄り駅:JR板橋駅東口から3分/都営三田線新板橋駅から6分