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『良い地に落ちた種』

説教:髙橋正人 牧師
聖書箇所 マタイ13:1-23

はじめに

主イエスは、たとえ話を用いて神の国や救いについてお語りになりました。本日は、「種を蒔く人のたとえ」を見てまいります。

1.御言葉を聞く心

主イエスは、御国の真理を人々の身近な事にたとえて教えられました。ここでは、「種を蒔く人」のたとえを用いて、子どもにも十分理解できる話をされます。しかし、主のたとえ話は、聞く者に悟る心がなければ、単なる農業の話としか聞こえず、大切な神の真理を理解することはできません。主のたとえ話を理解するための鍵は、「種」が「御言葉」であるということです。

種は全て、どんなに小さくても、それぞれが多くの実を結ぶ可能性を持っています。しかし、種が落ちた土地によっては、実を結ぶか結ばないかという大きな違いが出ます。同様に、同じ御言葉や御言葉の説きあかしを聞いても、どのような心で聞いているかということで、各々が結ぶ実の違いが出てきます。私たちは、どのような信仰姿勢で御言葉を聞き、聖書を読んでいるでしょうか。三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ御言葉の聞き方、聖書の読み方をさせていただきましょう。

2.御言葉に対する姿勢

種はどんな地でも蒔かれているように、主は御言葉の種を全ての人の心に蒔いてくださいます。御言葉を聞いた時の態度が、四つ記されています。①「道ばた」:御言葉を聞いても悟る心を持たない人。②「土の薄い岩地」:信仰が御言葉の深い理解に根ざしていないため、人間的な思いや感情に左右されて、主から離れてしまう人。③「いばらの中」:御言葉を聞いても、この世の心づかいや富の惑わしのために、主を第一とせず、この世のことを優先する人。④「良い地」:御言葉を聞いて悟る人です。

もともと、私たちの心は「良い地」ではなく、「道ばた」でした。それにも関わらず、主は石やいばらを取り除くなどして、私たちの心を整えて「良い地」にしてくださり、御言葉の実を豊かに結ぶように、絶えず御言葉の種を蒔き続けてくださっています。「万軍の主の熱心」がこれをしてくださるのです。「万軍の主の熱心」は、主イエス・キリストの十字架の贖いに表されていることを覚えましょう。

私たちが実を結ぶために、どれほどの種が蒔かれたことでしょうか。私たちは、主の恵みと憐れみによって、御言葉のための良い土地とされていることを覚えましょう。この主の恵みは、「多くの預言者や義人たち」が、見たい、聞きたいと願い続けていたことでした(マタイ13:17)。それを今、私たちは、主イエス・キリストを信じる信仰によって見聞きさせていただいている幸いを与えられていることを感謝しましょう。

まとめ

種が蒔かれて実がなるまでには、時と忍耐を必要とします。同じように、私たちが御言葉を聞いて実を結ぶためにも時間を要します。一見、御言葉の種を蒔いても無駄のように見えることもあります。しかし、主は御言葉の種を、蒔き続けてくださっています。私たちも、この御言葉を世に蒔いて行こうではありませんか。やがて実を結ぶからです。「朝のうちにあなたの種を蒔け。夕方も手を放してはいけない。あなたは、あれか、これか、どこで成功するのか、知らないからだ。二つとも同じようにうまくいくかもわからない。」(伝道者11:6

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