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『あらゆる民の祈りの家』

説教:髙橋正人師
聖書箇所 イザヤ55:1-12

はじめに

本日は、神の家はあらゆる民の祈りの家と呼ばれるという大きな幸いについてみます。

Ⅰ.公平と正義を行いなさい

預言者イザヤは、イスラエルの民がバビロン捕囚から帰って来てからのことを語ります。神は、ご自身が来られるのが近いので「公正を守り、正義を行え。」と命じられます。これは、神のみ言葉に従って歩むこと(公正)、神との正しい関係を持つこと(正義)を意味しています。

イザヤは、公正を守り、正義を行うことの具体的なこととして、「安息日を守る」ことを語ります。安息日を守って神を礼拝することは、イスラエルの民が神の民であることのしるしでした(出31:13-17)。主なる神は、民が神の民であるということをもう一度確かなこととしてくださったのです。今日の私たちは、御子イエスの十字架によって、信仰による神の民とされています。主を礼拝し、主のみ言葉に堅く立って、聖霊に導かれて歩み続けましょう。

Ⅱ.神の家はあらゆる民の祈りの家である

神はイスラエルの民はもちろん、異邦人や律法によって礼拝に参加してはいけないと言われた人たちも、礼拝の民となるよう招かれます(イザヤ56:4-7)。神は、「すべての人が救われて、真理を知るようになることを望んでおられる」からです(Ⅰテモテ2:4)。

私たちは、イザヤの預言の時以上に、主イエスの十字架の贖いによって神の民とされて、「御霊と真理によって父を礼拝する」ことを許されています(ヨハネ4:23)。また、御子イエスの御名によって、父なる神に「アバ。父よ。」と祈り呼び求めることも許されています。神を礼拝し、神に近づこうではありませんか。神の家は、あらゆる民の祈りの家と呼ばれるのですから。

Ⅲ.主が再び来られる

イザヤはさらに、公正と義を行わなかった当時のユダヤの指導者たちに警告しています。彼らは、人々が罪を行ってもそれを見ようとせず、また間違いを指摘する声さえあげなかったのです(イザヤ56:9-12)。彼らは、やがて来る神のさばきを心にとめるどころか、神に対する畏れさえも失っていたのでした。

神の救いが来るのは近く、神の義が現れるのも近いのです。神の御子イエス・キリストがこの世に来てくださったことは、そのことのしるしです。主が再び来られるのが、遅いと思えるかもしれません。しかし、主は約束されたことを遅らせているのではなく、だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んで忍耐しておられます(Ⅱペテロ3:9)。今この時に、主イエスを心に迎え入れましょう。また、すでに主を信じているものは、常に神との祈りのうちに、主と共に歩んで行きましょう。

おわりに

神は、「わたしの家は、あらゆる民の祈りの家と呼ばれる」と語られました。神に召し出された人々の集まりは、神に祈る人々の集まりでもあります。この祈りの場は、神と共にある喜びと祝福の場です。だれでも集える幸いな祈りの場に、招かれてまいりましょう。

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