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『信仰から生まれる愛を目指して』

説教:髙橋正人師
聖書箇所 Ⅰテモテ1:1-11

はじめに

本日の聖書から、教会の牧会と教会に置かれている牧会者についてみます。

Ⅰ.真の励ましと慰めは主イエスにある

パウロは、エペソ教会の牧会者テモテを励ますために、この手紙を書きました。パウロの励ましとは、救い主なる神と全ての聖徒の望みであるイエス・キリストを思い出させることでした。

真の励ましや慰めは、主イエス・キリストにあります。聖書は、「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。」(Ⅰペテロ5:7)と語っています。神の力強い御手の下にへりくだり、神を待ち望むなら、神はちょうど良い時にご自身の栄光を表して下さるのです。

Ⅱ.教会に置かれている牧会者

パウロは、手紙の中でテモテを励ますと同時に、エペソ教会の人々に牧会者の働きについても教えています。パウロは、テモテにエペソにとどまることを命じましたが、それはエペソ教会の人々を御言葉によって、主イエスを信じる健全な信仰へと導くためでした(Ⅰテモテ1:3-7)。

教会が目指すべきは、「きよい心と健全な良心と偽りのない信仰から生まれる愛です。」(Ⅰテモテ1:5)しかし、エペソ教会がそうであったように、いつの時代も、またどこであっても、教会の中には「神に委ねられた信仰の務めを実現させることにはならない」違った教えや神の御心から反れた「議論」が持ち込まれることがあります。テモテが教会の牧会者として立てられたのは、主イエスという目標を目指して歩み続けるために、御言葉と御霊の導きによって聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためです(エペソ4:12)。現代においても、どの教会にも牧会者たちが立てられています。これは教会への恵みであり、賜物であることを覚えましょう。

Ⅲ.律法の役割と目的

パウロは、律法の本来の役割と目的を教えます。律法は神の御心を教え、隣人を愛するようにと教える良いものですが、律法自体に私たちを救う力はありません(ローマ7:7-14)。「律法は正しい人のためにあるのではなく」(Ⅰテモテ1:9)、私たちが罪人であることを明らかにし、私たちには救いが必要だと気づかせるためにあります(ガラテヤ3:24)。

主イエスは、律法の要求を満たすことの出来ない人間の罪の身代わりとして、十字架のさばきを受けて下さいました。主の十字架の贖いによって、主を信じるものは誰でも神の救いを頂けます。主によって、私たちは律法の本来の目的である「きよい心と健全な良心と偽りのない信仰から生まれる愛」に生きるように成長させてくださるのです。全ての聖徒に注がれた聖霊によって、神の愛が注がれ続けていることを感謝し、主と共に歩み続けましょう。

おわりに

信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのことばを通して実現します(ローマ10:17)。御言葉を正しく聞き、健全な教えにとどまり続けましょう。そのために御言葉に堅く立ちつつ、御言葉と祈りに奉仕する教会に置かれた者たちのためにも執り成し続けましょう。

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