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『だれを捜しているのですか』

説教:髙橋正人師
聖書箇所 ヨハネ20:11-23

はじめに

本日の聖書箇所から、主イエスの復活後について見ます。

Ⅰ.主イエスに向きを変える

主イエスが葬られた墓の外で立っていたマリアは、「女の方、なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか。」と声をかけられます。彼女は、それが主イエスであることが分かりませんでした。彼女が主イエスだと分かったのは、「マリア」と名前を呼ばれたときでした。

復活した主イエスは、墓の方を向いている彼女の後ろ、すなわち墓とは反対の方向におられて彼女の名を呼んでくださったのです。彼女は、「生きている方を死人の中に捜していた」のです(ルカ24:5)。名前を呼ばれたマリアが、主に向きを変えた時、復活の主と出会えたのです。私たちも、墓に葬られた主イエスを見るのではなく、今も生きておられる主を見つめ、主に語りかけ、主からの御声に聞き従う日々を歩み続けてまいりましょう。

Ⅱ.今も生きておられる主イエス

マリアは、主の遺体が何処に置かれたのかを園の管理人だと思った主にたずね、場所を教えてくだされば「私が引き取ります。」と語ります(ヨハネ20:15)。主の遺体を「引き取ります」とは、彼女が復活の主を、墓の中に納められている遺体として捜していたということです。言い換えるなら、自分が知っており、理解しており、自分のものとして手元に置くことができる思い出だけの主イエスを探していたということです。故に、復活して生きておられる主イエスご自身に気づかなかったのです。

生きておられる主イエスは、私たちの手元に置いて眺めるだけのお方ではありません。私たちが思い描く通りのお方でもありません。主は今も生きておられるからこそ、マリアを、そして今日の私たちをも復活のいのちに生かし、神と共に生きる幸いへと導いてくださっています。今も生きておられる主は、私たちと共におられて、共に導き歩んでくださることを覚えましょう。

Ⅲ.真の平安を与えてくださる主

主イエスは、マリアを弟子たちに遣わし、復活の主に会ったこと、弟子たちに語るべき事を話すように命じます。知らせを聞いた弟子たちは、「ユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけて」いました。しかし、主は彼らの所に来てその真ん中に立って「平安があなたがたにあるように」と語られました。さらには、ご自身の手と脇腹を彼らに示されました(ヨハネ20:17-19)。

主イエスは、弟子たちの弱さや不信仰、罪を乗り越えて、彼らに神の復活の命を示して与えて下さったのです。主は弟子たちに示されたと同様に、弱く恐れに捕えられ、そのために戸を閉ざし、鍵をかけて閉じ籠っているような者たちの心の真ん中に来て下さっています。死にさえ勝利してくださった主は、「あなたがたは世にあっては苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝ちました。」(ヨハネ16:33)と宣言されています。復活の命に生かされていることを喜び、主に感謝をして御名をほめたたえましょう。

おわりに

復活して生きておられる主イエスは、常に私たちに語りかけて下さっています。その語りかけを聞いて主の方へと向きを変える時、復活の主と出会い、主にある平安が与えられることを覚えましょう。

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