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『霊の目を開かれる』

説教:髙橋恵子師
聖書箇所 列王記第二 6:8-23

はじめに

本日は、預言者エリシャによって現わされた神の御業を通して、「霊の目を開かれる」幸いを見て参りましょう。

1)「神の人」、共にあり

北イスラエルの隣国アラム(シリヤ)は、イスラエルにたびたび攻め入ろうとしますが、その戦略はことごとく「神の人」預言者エリシャによって事前に見破られてしまいます (Ⅱ列王6:12)。エリシャに“超能力”があったのではありません。エリシャの信じ仕える主なる神こそが、イスラエルを守っておられました。「主は、闇に隠れたことも明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。」(Ⅰコリント4:5)

今、私たちには、預言者以上の「神の人」、御子イエス・キリストがおられることを覚えましょう。主が共におられること以上に、私たちの魂の安全を保証するものはありません(ヘブル6:19)。この主によって贖われ神のものとされた私たちもまた、「神の人」としてこの世に遣わされています(Ⅰテモテ6:11)。

2)霊の目を開かれる幸い

エリシャが滞在していた町ドタンは、アラムの軍隊によって包囲されました。エリシャに仕えていた若者は、この状況を見て恐れます。しかしエリシャは、目に見えるアラム軍ではなく、力強い神の守りの御手を信仰の目によって見ていました。「恐れるな。私たちとともにいる者は、彼らとともにいる者よりも多いのだから。」(6:16) エリシャは、自分と共にいる若者が、神の圧倒的な臨在の“現実”に対して目が開かれるように祈り願います。「どうか、彼の目を開いて、見えるようにしてください。」(6:17)

聖書は、信仰によってしか知ることの出来ない、霊的領域の“現実”があることを明確に啓示しています。クリスチャンは、聖霊と真理のみ言葉により霊の目を開かれ、キリストの臨在と力ある働きを確信し、神の御心に従って勝利者として歩むように導かれているのです。「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。」(ヘブル11:1)

3) 神の破格の御心

エリシャはさらに、アラム軍の「目をくらませてください」と神に祈り求めます。そして北イスラエルの首都サマリアまでアラム軍を連れて行くと、なんと彼らを盛大にもてなし、自国へと帰しました。これは、人の考えや常識を超えた、破格の処遇です。しかし、悪に対して悪を返さず、かえって善を行った (Ⅰテサロニケ5:15)この出来事を契機に、アラムの略奪隊はイスラエルに侵入することがなくなったのです。

神の御心は、人の思いとは異なります。神は、危機的状況を祝福と恵みの機会として下さることがおできになります。エリシャは、信仰の目を通して一連の状況を見、主に祈りつつ神の御心に立って行動しました。今、私たちは、御子イエスの十字架の死と復活によって、神の破格の御心を知らされ、救いの喜びと平安に生かされています。この福音の良き知らせを証しし、主の御心を行う者とならせていただきましょう。

おわりに

主はご自分の民が、目に見える現実の中で恐れ惑うのではなく、み言葉の光に照らされて御心を悟り、御国の希望と聖霊によって、信仰の勝利者として歩むように導いておられます。霊の目を開かれた者として、主にある幸いな信仰の歩みへとさらに導かれて参りましょう。「私たちは見えるものにではなく、見えないものに目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に続くからです。」(Ⅱコリント4:18)

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