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『安息日、聖なる日』

説教:髙橋正人牧師
聖書箇所 申命記5:12-15

はじめに

本日は、十戒の第4番目の「安息日を守って、これを聖なる日とせよ」についてみてまいります。

Ⅰ.主イエスの復活を祝う安息日

十戒は、出エジプトの時、神の救いを頂いて神の民とされたイスラエルの人々が、神に感謝して、神の民として生きるため与えられたものです。この戒めは、主イエスの救いに預かった私たちクリスチャンも、主を信じる信仰に基づいて受け止めるべき戒めです。

旧約時代の安息日は、週の七日目の土曜日でしたが、キリスト教会は週の初めの日曜日として、集まって礼拝を捧げてきました。週の初めの日に、主イエスが復活してくださったからです。主イエスは十字架の贖いによって、死に打ち勝って復活してくださいました。このことは、私たちもキリストに倣う者として、終わりの日によみがえらされることのしるしです(Ⅰコリント15:20)。週の初めの日に、主の復活をお祝いする礼拝を捧げ、終わりの日の贖いを待ち望んで主を礼拝しましょう。

Ⅱ.最初に主の恵みありき

主イエスの復活により、安息日が週の初めの日に移されたことは、私たちの信仰生活における「安息」の意味の大きな転換を表しています。それまで、神による安息のために生きて活動する6日間から、神がすでに与えて下さった安息に感謝して生きる6日間になったのです。これは、主イエスの救いにあずかって生きる新約時代の信仰者の基本的生活を示しています。

主イエスによる救いは、人の力や行いによるのではなく、主イエスの十字架の贖いによって与えられた神の一方的な恵みによることです(エペソ2:5)。主を信じるすべての者は、すでに与えられた神の救いの恵みに感謝して生きるのです。週の初めに、私たちは先立つ主の恵みをもって、主から遣わされた所へと出て行きましょう。

Ⅲ.安息日は主の恵みへの招き

安息日を「聖なる日とせよ」とは、この日を特に覚えて神のものであることを認め、神のものとしてこの日を用いるべきことを教えています。この日を聖別して主を礼拝することで、一週間の全てが本来神のものであり、神によって与えられている時であることを覚えるためなのです。この戒めは、日曜日に働くことを禁じる命令として律法主義的に受け取るべきものではありません。

安息日を守ることの戒めは、私たちの人生の全ての時は神のものであることを確認し、その神の恵み、主イエスによる救いの下で、神を主として生きることへの招きなのです。この招きに応えることによってこそ、この世における人の営みの中に起きる様々な不安や苦しみ、嘆きに捕えられてしまっている私たちが、神の恵みを確認し、本当の平安、安息を与えられて生きることができるのです(ルカ6:5)。私たちはどのような中にあっても、主イエスという安息に支えられて一週間の日々を生きる者とさせていただいていることを感謝しましょう。

結 び

「安息日を守って、これを聖なる日とせよ」という戒めは、私たちの人生の全てが、神の恵みの下に置かれていることを覚えるための教えです。主の日に、神の恵みに感謝しつつ、今も生きて私たちと共におられる復活の主と共に生かされていることを覚える時、私たちは真の安息をいただき、主の新たな恵みに歩む者とされるのです。

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