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『父なる神のみこころ』

説教:髙橋正人牧師
聖書箇所 ヨハネ6:32-40

はじめに

本日は、どのような状況でも変わることのない、父なる神のみこころについて見てまいります。

Ⅰ.いのちのパン、渇くことのない水

主イエスは、五つのパンと二匹の魚で五千人以上の人々を満腹させる奇蹟を行いました。それは、主が天から下ってきて人々に神の真の命を与える者であることを示すためでした(ヨハネ6:35)。

主イエスは、「いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物」であると同時に、私たちの内に尽きることのない「いのちの泉」を湧き上がらせてくださるお方です。この「いのちのパン」を食べ、「永遠のいのちの水」を飲むとは、主イエスを信じ、心に受け入れることです。主は「なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。」と命じられました(ヨハネ6:27)。私たちは、父なる神が遣わしたひとり子イエスを信じることが「神のわざ」を行うことであることを覚えましょう(ヨハネ6:29)。

Ⅱ.父なる神のみこころとは

主イエスのパンと魚の奇蹟を体験した人たちは、その奇蹟の本当の意味である、「イエスがいのちのパン」であるということを理解していませんでした。それどころか、これからも自分たちの腹を満たし続けてくださいと願ったのです(ヨハネ6:34)。その様な人々に、主はご自身の使命を告げられます。それは、父なる神が主イエスに与えられたすべての者を、「ひとりも失うことなく、ひとりひとりを終わりの日によみがえらせる」(ヨハネ6:39)ということです。

主は、確かに私たちの日々の生活を守り、必要を満たしてくださいますが、それが私たちに対する父なる神の究極的な救いの目的ではありません。私たちが、誰も逃れることのできない罪と死ののろいから解放され、真のいのちを受けることが父なる神のみこころです。そのためにこそ、主イエスは私たちのために、十字架にかかってくださいました。主を信じる者は、信仰によって罪を赦され、永遠のいのちが与えられるのです。

Ⅲ.父なる神のみこころを自分のこころとする

父なる神のみこころとは、御子を信じる者がひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを受けることです(ヨハネ3:166:40)。主イエスが天から下って来られたのは、その父なる神のみこころを行うためでした。

主イエスの救いの招きに応える時、だれでも父なる神の約束の通り、永遠のいのちをいただき、決して渇くことのない「いのちの水」を頂き続けます。私たちは、この主イエスという「いのちのパン」を頂き、渇くことのない、内から溢れ出る「いのちの泉」に生かされているのです。主の救いを感謝して主の御名をほめたたえ、父なる神のみこころを自分のこころとして、主イエスを宣べ伝え続けましょう。

結 び

主イエスは、父なる神のみこころに従って、罪人の身代わりとなって十字架にかかってくださいました。十字架は、罪人が滅びることを願わない父なる神のみこころの現れです。主イエスという「いのちのパン」にあずかり、日々いのちの糧である御言葉に養われつつ、主の証人として歩み続けましょう。

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