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『救いは恵みによる』

説教:髙橋 正人師
聖書箇所 エペソ2:1-10

はじめに

本日は、全ての良きものは主なる神から、恵みによって与えられているものであることを見てまいります。

Ⅰ.救いは、ただ神の恵みによる

パウロは、ユダヤ人、異邦人に関係なく、全ての人は「自分の罪過と罪との中に死んでいた者」(エペソ2:1)であると語っています。「罪過と罪」のゆえに、人は、神との関係が壊れてしまって、人としての本来の命に生きることが出来なくなっているのです。

罪によって「死んでいる者」は、当然、無力で自分の力では救いを得ることも、よみがえることもできません。父なる神は、そのような者たちの罪を赦し、神の真の命に生きる者とするために、御子イエスを十字架にかけられました。主の十字架の死と、三日目の復活によって、主を信じるものを復活の命に生きる者としてくださいました。これは、人から出たことではなく、父なる神の愛と恵みに拠ることであることを覚えて(エペソ2:5)、主の御名をほめたたえ続けましょう。

Ⅱ.神の民とされた者の使命

父なる神は、「キリストを死者の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせた」(エペソ1:20)とあるとおり、主イエスに全権を与えられました。さらに、神は主の聖徒たちにも、キリストと「ともに天の所にすわらせてくださる」(エペソ2:6)ことを約束しておられます。

全てのクリスチャンは、主イエスの十字架によって罪赦され「選ばれた種族」、「王である祭司」、「聖なる国民」、そして「神の所有とされた民」とされたのです。主の聖徒は、御国を受け継ぐものとされて、神に敵対する力に打ち勝つ権威を持つ者とされたのですから、主の偉大な救いの御業と主イエスの十字架の贖いの業を宣べ伝え、証しし続けて行きましょう(Ⅰペテロ2:9)。

Ⅲ.神の良い行いをする作品として

聖書は、主イエスの十字架によって贖われた私たちは、「神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られた」ことを教えています(エペソ2:10)。「良い行い」とは、神の愛を受けた者が、神の愛に応えて神を愛し、隣り人を愛すること(マタイ22:37-39)、また「心の一新」によって、神のみ心を求めて生きることに表されます(ローマ12:2)。

主は、さらに「私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えて」(エペソ2:10)くださいました。主は、私たち一人ひとりにふさわしい志を立てさせて、事を行わせてくださいます(ピリピ2:13)。一人ひとりは、神の作品であって、だれ一人として同じではありません。互いの違いを認め合いながら、神から与えられた志をもって、主の御業に励んでまいりましょう。

結び

私たちクリスチャンは神に愛されて、神を愛し、隣人を愛して生きる者とされました。主の愛に応えて、神を礼拝する者とされ、思いと心を一新されて主と共に歩む者とされました。全ての良きものは、御子イエス・キリストの十字架を通して与えられた神からの恵みです。私たちはその恵みに感謝し、主を賛美し、日々主と共に歩み続けましょう。

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