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『今日も明日も進まれる神』

説教:髙橋 正人師
聖書箇所 ルカ13:31-35

Ⅰ.前進し続けられる主イエス

主イエスは、エルサレムへ向かう途中で、パリサイ人たちからヘロデの殺害計画を知らされ、今居るところから去るようにと告げられます(ルカ13:31)。それに対して、主は御国の到来をこれからも宣べ伝え続けていくこと、さらには、やがてこの働きは、間もなく完成することを告げられました(ルカ13:32)。

主は、世における状況がどうであっても、主の御国の良き訪れを宣べ伝え、罪人の救いのための十字架を目指して、ひたすらエルサレムに向かって進み続けられたのです(ルカ13:33)。万軍の主の熱心、主イエス・キリストの罪人を救うというご計画は変わりませんでした。主の罪人を救うという熱心は、今も私たちキリスト者を通して示し続けられています。私たちは「キリストの心を心として」(ピリピ2:5文語)頂き、さらに主イエスを伝えましょう。

Ⅱ.主に遣わされているクリスチャン

主イエスは、エルサレムを見て「ああ、エルサレム、エルサレム。」と嘆かれました(ルカ13:34-35)。これは、イスラエルの民の信仰の歴史を踏まえた、父なる神の愛から出た嘆きです。神は背信の民に、繰り返し「めんどりがひなを翼の下にかばうように」集めて養い、恵みを与え続けて来ました。しかし、民は「それを好まず」、神から遣わされた預言者や他の人々を殺したりして、その思いをむなしくしていったのでした(ローマ1:21)。

この愛ゆえの主の嘆きは、そのまま現代の私たち一人一人に対する嘆きでもあります。雛が、めん鳥の翼の下に守られていなければ生きることができないように、真の神なくして人は滅んでしまうのです。父なる神は、御子イエスの十字架を通して、私たちをご自分のもとへ引き寄せてくださいました。この時代における主の「預言者たち」、「遣わされた人たち」とは、私たちキリストの聖徒なのです。

Ⅲ.再臨の主を待ち望みつつ

主イエスは、「『祝福あれ。主の御名によって来られる方に』とあなたがたの言うときが来るまでは、あなたがたは決してわたしを見ることができません。」(マタイ24:36)と語られました。「主の御名によって来られる方」とは、御子イエス・キリストのことです。主イエスは、確かにご自身が再臨されることを約束しておられます。しかし、主の再臨の時がいつなのかということよりも、いつ来られても良いように主イエスと共に歩み続けることの方が大切です。父なる神は、今に至るまで、そしてこれからも、罪人が一人として滅びることなく御子イエスの十字架の贖いによって、救いを与えようとされているのですから、今、この時に、主の招きに応えましょう(ヘブル3:15)。

結び

主イエスは、「わたしは、きょうもあすも次の日も進んで行かなければなりません」と語られています。主イエス・キリスト以外には、だれによっても救いはないからです。「天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです」(使徒4:12)。先に主の救いを頂いた私たちは、キリストの心を自分の心として、主に従い、主の御心を行うものとさせて頂きましょう。

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