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『狭い門から入りなさい』

説教:髙橋正人 牧師
聖書箇所 ルカ13:22-30

はじめに

本日の聖書箇所から、キリストの救いという「狭い門」から入る幸いをみます。

Ⅰ.「救われる者は少ないのですか」という問い

主イエスとその一行がエルサレムへ向かう途中、ある人が「主よ。救われる者は少ないのですか」と問いました(ルカ13:23)。この人の質問は、多くの人々に共通するものです。彼は、従う者の数の大小で主の教えの正しさを判断しようとしていたのでした。

本来、「救い」とは、神から永遠の命をいただき、主と共に生きるという極めて重大なことです。救われる人の数などを見て、主の救いを受けるか否かを思い巡らす次元のことではありません。

Ⅱ.努力して狭い門から入りなさい

主イエスは、「努力して狭い門から入りなさい。なぜなら、あなたがたに言いますが、入ろうとしても、入れなくなる人が多いのですから」と語られました(ルカ13:24)。「狭い門」とは、父なる神が与えてくださる、イエス・キリストの救いのことです。この「狭い門」とは、世の「我先に」という競争や争いなどで狭くなる門とは異なります。もともと、主イエスを救い主として信じる信仰によってのみ救われるという「狭さ」なのです。

この「狭い門」から入って救いにあずかるには、信仰の「努力」が必要であると主は語られました。ここでの「努力」とは、私たちを主から引き離そうとする様々な力から離れることを意味します。この世では、「狭い門」から入ろうとする決心や決断を妨げるものが多くあります。しかし、救いは主イエスによる以外にないのです。主を信じて、主の永遠の報いを求めることを第一のこととしましょう。「狭い門」から入る時、主は必ず報いてくださるのですから。

Ⅲ.神の国に入る者たち

主イエスは、しんがりの者と先頭の者が逆転することを語られました(ルカ13:30)。それぞれ「しんがりの者」とは異邦人、「先頭の者」とはユダヤ人のことを示しています。これは、主の救いが民族や血筋などによるのではなく、ただ主イエスを信じる信仰によって救われるという時が来ていることを示しています(ルカ13:29)。

主は、御国に居る人々として信仰の父祖たちや預言者たちを挙げました(ルカ13:28)。彼らは、主の御声に聞き従って、人々に主を証ししたのです。彼らのそのような信仰の歩みこそ、「狭い門」から入るものであったことを教えています。彼らの信仰に倣い、今日の私たちも「狭い門」から入り、主の救いと恵みを受ける者とさせていただきましょう。

結 び

主イエスの十字架の贖いによる救いをいただき、主と共に歩むことは、「狭い門」を入って行くように見えます。しかし、私たちの救いのために、父なる神はひとり子さえも惜しまずに十字架にかけられました。狭く見える救いの門ですが、この門から入る者はだれでも信仰によって救われるのです。主を信じて、主と共に歩み続けましょう。

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