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『主の御声に聞き従う祝福』

説教:髙橋正人 牧師
聖書箇所 申命記28:1-14

はじめに

主にあって、新年のお慶びを申し上げます。今年も、皆様の上に主の豊かな祝福がありますよう、お祈りいたします。今年の教会標語は、「教会、主に遣わされた群れ」です。共に主に召し集められた私たちクリスチャンは、主を礼拝し、祈りをもってそれぞれの場へと遣わされる共同体です。 今年も、私たちにとって原点である礼拝と祈りを通して豊かな恵みにあずかってまいりましょう。

1.御言葉に従う祝福

申命記28章には、イスラエルに与えられる祝福と呪いが繰り返されて宣告されています。主の御声に聞き従うならば祝福が与えられ(申命記28:1-14)、不従順ならばのろいがくだされることを教えています(申命記28:15-68)。ここで、繰り返し「主の御声に聞き従う」とありますが、これは、形式的に規則を守ったか否かをいうのではなく、主を愛して信頼し、共に歩んでいくことを意味しています。主の御声、すなわち、主の御言葉に「よく聞き従う」者たちに対する祝福は、あらゆる生活の領域におよびます。

御言葉に従う祝福の約束は、個人に対してではなく、民全体に語られています。民が主の御言葉に忠実に従う時、主は民を「御自身の聖なる民として立て」てくださり、主を知らない人々に、主の民を通して主を証しすることを約束しておられます(申命記28:9-10)。主の民が一致して一つになり、主の御言葉に従う時、主の栄光と御業が現されることを覚えましょう。

行き過ぎた個人主義のために、信仰は個人のもの、個人の霊的成長の問題と考えがちです。確かに、私たちは個人的に主イエスを救い主として信じなければなりません。しかし同時に、主イエスを信じる者は、主の民とされ、キリストの体なる群れ(教会)に加えられているのです。私たちは、聖なる神の民の一員とされて教会に召し集められ、主の御言葉に従って、それぞれの場に恵みを携えて散らされて行く群れであるということを覚えましょう。主の御言葉に聞き従うとき、主は私たちを高くし(申命記28:1,13)、豊かにし(申命記28:3-6,8)、守って(申命記28:7)くださいます。

2.神の国とその義とを第一に求める

御言葉に従う祝福の教えの後(申命記28:14)、御言葉に従わないときの「のろい」が語られます(申命記28:15-68)。「のろい」の教えが、「祝福」の教えよりも多く示されています。これは、主が、いかに私たちが主から離れ、神ならぬものを神としてしまうかをよく御存知だからです。イスラエルの民はその歴史の中で、主の御言葉に従わなかったために、神の祝福を失い、蒔いた種を刈り取ることとなりました。しかし、イスラエルが主の前に罪を悔い改め、主に立ち帰ったとき、主はイスラエルに祝福を回復してくださいました。

私たちは、神以外の多くのことに心を捕らわれ易い弱さを持っています。天の父なる神は、私たちに何が必要であるかを御存知であり、また、私たちの弱さを十分に理解されています。主イエスは、まず第一に神を求めるべきことを教えられました。そうするなら、祝福の基であり、恵みに溢れておられる主は、私たちに必要なものを与えてくださることを約束してくださっています(マタイ6:33)。

主との関係を常に第一としていく歩みとは、主の御言葉に聞き従い、御言葉に養われていく歩みのことです。毎日、御霊に導かれながら、祈りつつ、主の「かすかな細い御声」(Ⅰ列19:12)を聞いて従ってまいりましょう。毎日のデボーションを大切にしましょう。御言葉に聞いて従う歩みは、ただちに事態が変わるというものではないのかもしれません。しかし、主によって必ず魂が養われ、私たち自身が変えられ、日々、勝利と喜びの内に歩まさせていただけることを覚えましょう。

まとめ

御子イエスは世に来てくださり、神の御声に完全に聞き従い、神の全ての命令を守り行って、神の民に祝福を与えてくださいました(エペソ1:3)。それ故に、主イエスを信じる者はだれでも、信仰によって神に選ばれた宝の民としての祝福が与えられます。私たちは、主イエスにあって、天にある霊的な祝福を受けて、聖なる民、神の宝の民となったのですから、さらに主を愛し、御言葉に聞き従つつ、この年も歩んでまいりましょう。

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