神の国に生きる者
主イエスは、神の国について譬えをもって語られました。今朝は、この良く知られている譬え話から、神の国に生かされている者としての恵みを再度味わい、主をほめたたえて参りましょう。
1.神の御言葉は、それ自体にある豊かな命によって成長する
主は、誰もが知っている農夫の生活を語られました。神の国は、人が地に種を蒔くようなもので、蒔かれた種は、種自身のうちに宿る命によって、おのずと成長し、実を実らせます。人がどんなに早く成長させようとしても、種の成長は各々の種の成長速度によっています。よく「桃栗三年柿八年」といわれますが、同じように、私たちも実を結ぶまでには一定の時間を要します。そこには忍耐が必要ですが、しかし、生ける神の御言葉は、確実に豊かな実を私たちの内に結ばせて下さいます。からし種は、地に蒔かれたときは、種の中でも小さいものですが、蒔かれて生長すると、どんな野菜よりも大きくなり、大きな枝を張り、その陰に空の鳥が巣を作れるほどになると聖書は言っています。私たちの内に蒔かれた神の国は、最初は小さく目に見えないようであっても、確実に成長し、大きく広がり、今度は私たちを通して人々の内に拡大してゆくのです。
2.蒔かれた神の御言葉は、永遠に至る実を結ばせる
主は、私たちが豊かに実を結ぶようにと呼び集めて下さいました。「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。」(ヨハネ15:16)また、主イエスを信じて神の国に生きる私たちは、「朽ちるもので蒔かれ、朽ちないものによみがえらされ、卑しいもので蒔かれ、栄光あるものによみがえらされ、弱いもので蒔かれ、強いものによみがえらされ、私たちは血肉のからだで蒔かれ、御霊に属するからだによみがえらされるのです」(Ⅰコリント15:42-44)とも約束されています。主が私たちの内に結ばせて下さる実は、永遠に朽ちることのない命の実です。そのことを覚えて、私たちはもっと主をほめたたえ、もっと主に感謝し、主を喜びましょう。
3.結実のために聖霊に満たされよ
聖書には、水路のそばに植わった木は、時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える(詩篇1:3)とあります。私たちが豊かな実を結ぶためには、水路のそば、すなわち、神と共にあることが必要です。聖霊はいつも私たちと共にいて下さいます。そのことを信仰をもって受け止め、さらに熱心に聖霊を求め、聖霊が私たちと共にいてくださる事を歓迎しましょう。御霊とともに歩むとき、私たちは神にあって、豊かな実を結ぶのです。「御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。」(ガラテヤ6:8)。御霊の実として「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」(ガラテヤ5:22-23)などがあります。特に、一番最初にあげられている「愛」の実を結ばせようではありませんか。 すでに神の国に生きるように招かれている私たちは、御霊によって沢山の実りを与えて下さることを信じて、ますます主に期待し前進して行きましょう

