4月5日(水)主イエスの十字架上のことば④
さて、十二時から午後三時まで闇が全地をおおった。
三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
(マタイの福音書27:45-46)
主イエスは、人々の侮辱を耐え忍び、十字架刑の肉体的な苦痛を受けて下さいました。
しかし、十字架上の苦難の極みは、「神に見捨てられる」というさばきと呪いが主イエスに臨んだことに他なりません。
主イエスが叫ばれる前の三時間、地は暗闇に覆われた、と聖書は記します。父なる神が、忌むべきものとして御子に御顔を背けられたことの物理的しるしでしょう。本来、罪ゆえに神に捨てられなければならなかったのは私たちでしたが、主イエスは私たちの罪を負い、神のさばきをすべて受けて下さったのです。すなわち、父なる神との聖なる愛の交わりからの全き断絶です。私たちが救われ、神の愛と聖さにあずかり、神と共に生きるようになるため、主イエスがその苦難のすべてを通って下さったのです。
[※みことばの学びのためのヒント]
主が叫ばれた言葉「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」は、詩篇22:1の直接的な引用ですが、ヘブル語で叫ばれたので、聞いている人々は、預言者エリヤを呼んでいると勘違いしたようです(マタイ27:47)。しかし、もし注意深く聞き、また詩篇22篇の全体を知っていたなら、主イエスの叫びの意味するところを悟ったかもしれません。
詩篇22篇は、メシヤの生涯と働き、やがて地を治めるまことの王として来臨されることを歌ったものです。「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか。私を救わず遠く離れておられるのですか。」(22:1)という苦難の叫びから始まりますが、22節で「あなたは私に答えてくださいました」と色調がガラリと変わり、最終的には「主が義を行われた。」で結ばれます。
詩篇は、どこをとっても神への信頼に貫かれていますが、この22篇もまさにそうです。主イエスの苦難の叫びもまた、他のだれでもない「私の神」に向かって叫ばれたものなのです。