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『復活の中で走る』

説教:髙橋正人師
聖書箇所 ヨハネ20:1-18

はじめに

イースターおめでとうございます。復活された主に出会った三人の姿から、復活の主の恵みを見てまいります。

Ⅰ.主の復活を知って走り出す

聖書には、イースターの朝に、主イエスの墓が空なのを見て、三人の人たちが走り出したことが記されています。マグダラのマリヤは、墓の中に主の遺体がないことを見て、シモン・ペテロと、イエスが愛されたもうひとりの弟子のところに走って行きました。二人の弟子もまた、墓へ走って行きました。

三人とも、主イエスに対する様々な思いや考えがあったことでしょう。もし主の復活がなかったなら、彼らにとって主は、単なる過去の思い出にしかならなかったことでしょう。しかし、主イエスはよみがえられて、墓にはおられなかったのです。このことが、彼らの心を揺さぶり、走り出させたのです。復活の主は、彼らが走っていく中で、ご自身が今も生きておられることを示してくださいました。主は今も、私たちの毎日の生活の中で、ご自身を現して下さっていることを覚えましょう。

Ⅱ.名を呼んでくださる神

イエスの墓が空なのを見て、マグダラのマリヤは墓の外にたたずんで泣いていました。彼女は、御使いたちが声をかけていることも分からず、主イエスが後ろにいることにさえも気がつきませんでした。彼女は、主が「マリヤ」と言って名前を呼んだ時に、主がおられることに気づいたのです(ヨハネ20:16)。

マリヤは、墓の中で死んだイエスを捜していたのです。それは、生きている方を死人の中で捜しているのと同じ事です(ルカ24:5)。しかし、よみがえられた主イエスは、その様なマリヤの名前を呼んで、目の前に立ってくださっていたのです。羊飼いは、自分の羊をその名で呼んで連れ出し、羊はその声を聞き分けるのです(ヨハネ10:3)。生きておられる主は、今もたゆまず私たちの名を呼んで、共に居てくださるのです。

Ⅲ.主イエスの復活を伝える

マリヤは、主イエスだと分かると、すがりつこうとしますが、主は「わたしにすがりついていてはいけません」(ヨハネ19:17)と言われます。主が復活されてから後は、主は目に見える姿ではこの地上におられなくなり、すがることはできなくなるからです。しかし、主が「父なる神のもとに上っていく」ことで、代わりに聖霊が与えられるのです。

聖霊は、目には見えませんが主イエスが今も生きておられることを実体験させてくださり、キリストを証ししてくださるお方です。弟子たちをはじめ、主を信じる者に、ペンテコステの日に約束の聖霊が降り、キリストの証人とされました(使徒2:1-4)。私たちも、聖霊を頂き、キリストの証人とされていることを覚え、終わりの日に至るまで主の十字架の死と復活を宣べ伝えて行きましょう。

結 び

イースターの朝、主イエスに愛されていた三人の人たちは、主の復活によって走り出しました。私たちも、主イエスの復活によって心動かされ、走り出すのです。それが信仰の始まりです。信じて走っていく中で、主イエスが出会って下さるのです。御言葉と聖霊の導きによって、キリストの似姿へと成長させていただくのです。

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