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『契約を結ばれる神』

説教:髙橋正人師
聖書箇所 創世記15:1-21

はじめに

本日は、望みえない時になおも神を信じて、神に望みを置いたアブラハムの信仰をみます。

Ⅰ.神に問いかけることを許されている幸い

アブラム(アブラハム)は、彼に臨んだ神の言葉に対して「神、主よ、あなたは私に何を下さるのですか」と問いました(創世記15:1-3)。彼は、神の約束の実現を待ち続けていたのです。この問いに、神は応えてくださっただけではなく、神と彼の関係をさらに深め、強くして下さいました。

私たちも、神の時がいつなのか、御心はどこにあるのかと、心騒がせることがあるでしょう。その時こそ、神に祈り、問いかけることが許されていることを覚えましょう。神は祈りに応えてくださり、様々な知恵と力を与えて神の栄光を見させてくださいます。主は「だれでも、求める者は手に入れ、探す者は見出し、たたく者には開かれます。」(ルカ11:10)と約束してくださっているのですから。

Ⅱ.神の前に義とされる

アブラムの問いに応えて下さった神は、彼を外に連れ出し、「天を見上げて。星を数えられるなら数えなさい」と語られます。そして、「あなたの子孫は、このようになる」と宣言されました。彼は神のみ言葉を受け入れ信じました。彼は、神のみ言葉や約束の成就を、人間の考えや常識などによってではなく、神が創造主であられるという視点に立って見たのです。神は彼の信仰を見て、彼を義なる者と認められます(創世記15:5-6)。

神が義と認められたのは、アブラムがどれほど神の前に正しい行いをしたかということではなく、彼が神とどのような関係を持ち、どう関わったかということを見たからです。私たちは主イエスの十字架の贖いによって、信仰によって神との平和を頂き(エペソ2:14)、神の子とされました。主を信じ、ますます主に近づき、神との幸いな歩みの中を進ませて頂きましょう(ヤコブ4:8)。

Ⅲ.主イエスの十字架は救いのしるし

神は、すでにアブラムに約束を与えていました(創世記12:1-3)。しかし、先の約束を必ず守り行うことを堅くするために、契約を結ばれます。神は引き裂かれた動物の間を通ることを、契約のしるしとされました(創世記15:9-11)。

この契約のしるしは、御子イエスの十字架の雛形ともなっています。私たちの罪のために、神の御子が十字架でご自身の体を引き裂かれました。主イエスの十字架の死と復活は、私たちの罪の赦し、永遠の命を与える救いの契約です。契約を果たされる主イエスに信頼する者は、だれも失望させられることはないのです(ローマ10:11、Ⅰペテロ2:6)。

おわりに

アブラムは望みえない時に、なおも神を信じて神を待ち望みました。神はそれを信仰として受け止め、彼を義なるものとされました。私たちは主の十字架の贖いによって、主を信じる信仰によって救いを頂きました。神の前に義とされた者として、神との交わりに生き、この主の救いを宣べ伝え続けて行きましょう。

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