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『天に蓄えられている望みによって」』

説教:髙橋正人師
聖書箇所 コロサイ1:1-9

はじめに

本日は、神が私たちに与えてくださった神の愛と恵みについてみてまいります。

Ⅰ.信仰・希望・愛

パウロは、コロサイ教会の人々に送った手紙の挨拶で、神の恵みと平安を祈り、そして神に感謝を捧げています。彼が神に感謝しているのは、主がコロサイのクリスチャンに与えた「信仰・希望・愛」の三つの賜物をもって、人々がその実を結んでいたからです(コロサイ1:4-5)。

「信仰・希望・愛」は、それぞれ切り離してはならない一つのことで、キリスト者をキリスト者にならしめているものです。キリストの十字架の贖いに示された神の愛によって、私たちは信仰を与えられ、永遠の命の希望をもって主と共に永遠の御国の希望をもって歩むものとされているのです。御子イエスを、世に遣わしてくださった父なる神の愛を受け入れましょう。

Ⅱ.みことばを聞く幸い

コロサイの教会の人々は、エパフラスから「福音の真理のことば」を聞きました。彼らは聞いて、イエス・キリストを信じ、神の国の希望を持ち、そして神の愛を頂いたのです。みことばを「聞く」とは、単に漫然と聞くというのではなく、語られたみことばによって神の恵みを受け取り、その真理を理解し、実際に体験することを意味しています(コロサイ1:6)。

みことばには命があり人を救い恵みを与える力があります(へブル4:12)。みことばは、人の手によるあらゆる束縛や迫害、困難を打ち破って全世界に拡がり続け(Ⅱテモテ2:9)、今日の私たちにも伝えられています。このみことばによって、人は罪と死の力の奴隷状態から解放され神の民とされたのです。主イエスによる救いを頂いた私たちも、主の救いの恵みの福音を隣人に伝えて行きましょう。

Ⅲ.みことばを行う幸い

パウロは、エパフラスから、コロサイのクリスチャンの主にある愛を知り(コロサイ1:8)、主に感謝を捧げました。「御霊による愛」とは、人知をはるかに超えた、神による愛のことです。その神の愛は、御子イエスの十字架の贖いの業に示されました。その神の愛を頂いたコロサイ教会の人々の具体的な業は、聖霊による愛によって、互いに愛し合っていただけでなく(ヨハネ13:35 Ⅰヨハネ4:20-21)、他の地域のクリスチャンたちや「すべての聖徒に対して」も神の愛を実践していたことでした。

初代教会時代、キリストの救いを頂いた者たちの群れである教会は、心を一つにして宮に集まり、神の礼拝を中心にして信仰生活を歩みました。その群れに神の臨在があり、神と共に歩む者たちの上に、神の御業が現わされたのでした(使徒2:46-47)。キリストの救いを頂いた私たちも、みことばに堅く根ざし、聖霊によって歩み続けましょう。私たちを通して、神の恵みが表されていくのです。

おわりに

コロサイ教会への挨拶から、私たちは御子イエスによって救いを頂いたのみならず「信仰・希望・愛」の賜物を頂いていることを知ります。主イエスを知ることをさらに深めて頂くと共に、キリストの証人として多くの人々の救いのために用いられるものとさせていただきましょう。

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