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『生き続ける神の言葉』

説教:髙橋 正人師
聖書箇所 マルコ6:14-29

はじめに

本日は、生きている神の御言葉は語り継がれ、拡がり続けていることを見てまいります。

Ⅰ.生きている御言葉は語り続けられる

バプテスマのヨハネは、救い主イエス・キリストを迎えるための道備えをする働きをしました(マルコ1:4)。主イエスは、ヨハネがヘロデ・アンティパスに捕らえられた後に福音を宣べ伝え始められました(マルコ1:14)。ヨハネは、ヘロデが律法に反する結婚をしたことを指摘したために捕らえられました(マルコ6:17)。

ヨハネは、民衆はもちろん、ヘロデのような権力者に対しても、忠実に神の御言葉を宣べ伝え、悔い改めを迫りました。私たちも、機会あるごとに、誰にでも神の御言葉を語り続けましょう。「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。」(Ⅱテモテ4:2)。

Ⅱ.人ではなく神を畏れる

ヨハネは、はっきりとヘロデを断罪する言葉を語りました。しかし、それは、ただ罪を責めるだけではなく、ヘロデが主の前で悔い改め、主の救いを受けることを願って愛をもって語ったのです(マルコ6:20)。ヘロデは結局、ヨハネを処刑しましたが、それは神よりも人を恐れたからでした(マルコ6:26)。

神より人を恐れたヘロデの態度は、今の私たちとは無縁のことではありません。神の言葉が語られる時、そこには必ず悔い改めや、御言葉に従う決心が求められます。「きょう、もし御声を聞くならば、御怒りを引き起こしたときのように、心をかたくなにしてはならない。」(ヘブル3:15)とあるとおり、主に信頼し、従ってまいりましょう。

Ⅲ.主イエスを証しする

ヘロデは主イエスのうわさを聞いた時、「私が首をはねたあのヨハネが生き返ったのだ」(マルコ6:16)と言いました。それは、伝わってきた主イエスの話から、バプテスマのヨハネと同じ姿を見たからです。ヨハネを通してヘロデに語られていた神の御言葉が、再び主イエスを通して語られ、宣べ伝えられていることを見たからです。

ヘロデは、ヨハネを処刑することによって主の語りかけを拒み、無いものにしようとしたのでした。しかし、生きている神の御言葉は、いや、死にさえ打ち勝つ主イエスとその御言葉は、どんな妨げによっても留められることなく、宣べ伝えられるのです(ヘブル1:1-2)。万軍の主の熱心は、ひとり子さえも惜しまずに十字架の贖いによって罪人をいたいと願っているからです。この時代に生かされている私たちには、主イエス・キリストを宣べ伝える使命が与えられていることを覚えましょう。

結 び

主の福音が宣べ伝えられ拡がる時、必ず神の御言葉に対する反対も生まれます。しかし、神の言葉は生きていて、拡がり続けるのです。主イエスと弟子たちによって語り継がれた御言葉は、今の私たちにも伝えられました。私たちも、主イエスの弟子たちのように、主イエスの業に用いられて行くことを喜びとし、いかなる時にも主イエスを宣べ伝えましょう。

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