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『神の喜ぶ捧げもの』

説教:髙橋 正人師
聖書箇所 ピリピ4:10-20

はじめに

本日は、神は主の恵みに応える私たちの信仰を喜ばれることを見てまいります。

Ⅰ.祭壇から立ち上るかおり

パウロは、祭壇で「焼き尽くすいけにえ」によって立ち上る香ばしいかおりのたとえをもちいて(民数記28:3-6)、ピリピの教会に対する感謝を表わしました(ピリピ4:18)。ピリピ教会の聖徒たちは、主イエスを宣べ伝えているパウロの活動を支えるために献金や捧げものをしました。それらは、具体的な働きのため以上に、旧約時代の「焼き尽くすいけにえ」のような、神に対して捧げられたものであるとパウロは教えています。

ピリピ教会の聖徒たちが、主の働き人たちを具体的に献金や捧げもので支えるということは、神の働きに加わることであり、主への献身の表れでもあります。同様に、今日の私たちも、様々な方法で主に良いものを捧げる時、主はそれを喜んでくださり、主の働きに加えてくださることを覚えましょう。「私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです。」(Ⅱコリント2:15)。

Ⅱ.神は必要を満たしてくださる

パウロは、祈って捧げたピリピの聖徒たちに対して、主は彼らの信仰に応えて、「ご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます」と語っています(ピリピ4:19)。

主の「栄光の富」とは、年月と共に朽ちていくこの世の富ではなく、永遠に存在し続ける無限の神の富のことです。もちろん、神の「栄光の富」は、主イエスによって、すでに与えられているものです。具体的には、ピリピの聖徒たちが差し迫った必要と感じている、物質的なこと、迫害の中での危険と不安、教会内の人間関係などをも満たしてくださるのです。私たちは、主イエスの救いの恵みによって、富むものとされたことを覚えましょう(Ⅱコリント8:9)。

Ⅲ.神に栄光を帰す

ピリピ書の終わりに当たって、パウロは人の考えや思いを遥かに超えた主なる神の豊かさを覚えて、「どうか、私たちの父なる神に御栄えがとこしえにありますように」(ピリピ4:20)と、主の御名をほめたたました。

私たちは、主イエスの十字架の贖いによって、聖霊と御言葉、そして教会を通して主との豊かな交わりを与えられて、溢れるばかりの恵みを頂きました。主の恵みに感謝をもって応え、自分自身を生きた聖なる捧げものとして神にささげましょう(ローマ12:1)。主は私たちの捧げる信仰をご覧になって、一切の良きものを、そして必要を満たしてくださいます。主の偉大な救いをいただいたのですから、私たちはますますキリストのかおりを放つものとされ、主に栄光を帰して神をほめたたえるものとさせていただきましょう。

結び

父なる神は、ご自身の栄光の富をもって、私たちの必要をすべて満たしてくださいます。そのために、私たちに永遠の命を与えるために、ひとり子のイエスをさえ惜しまずに十字架の死に渡されました。私たちはその父なる神の愛に応えて、主を受け入れて、喜びと感謝をもって一切の善きものを、そして自分自身を主に捧げようではありませんか。

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