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『生ける望みを持つ』

説教:髙橋 正人師
聖書箇所 Ⅰペテロ1:1-9

はじめに

新年のお慶びを申し上げます。新年礼拝で、主が与えてくださった生ける望みを持っていることの幸いをみます。

Ⅰ.主が与えてくださった生ける望み

ペテロは、激しい迫害下にある聖徒たちに、手紙の冒頭で「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。」(Ⅰペテロ1:3)と書き送りました。

ペテロは、どんな時にも神を誉め称えるべき理由を教えています。このことは、現代の私たちにも語られていることです。すなわち、全ての聖徒は、神の大いなるあわれみによって罪を赦されて(エペソ2:4-5)、永遠の命を与えられ(ローマ6:23)、そして、主の復活の命によって「望み」を持って新しい人生を歩むようにして頂きました(Ⅰペテロ1:4-5)。

私たちは、どんな試練や困難の中にあっても、生ける神が与えておられる希望をもって歩むことができるのです。そのしるしは、主イエスの十字架の救いの御業であり、聖霊が内に住まわれていることです(エペソ1:14)。私たちは、主イエスを信じる信仰によって神の民とされ、天に国籍を持つ者とされたのですから、主への感謝と永遠の望みを持って日々歩み続けましょう。

Ⅱ.見えるものにではなく見えないものに

迫害下にあったクリスチャンたちは、主の救いのみ業を信仰によって受け入れた結果、「たましいの救い」を頂きました。ですから、迫害や試練は、人々から信仰や救いの喜びを奪うことはできませんでした(Ⅰペテロ1:8)。彼らは、聖霊によって、肉体の目ではなく、信仰によって主イエスを見て、主と共に歩む信仰へと導かれたのです。

主イエスは「見ずに信じる者は幸いです」(ヨハネ20:29)と語られました。私たちも主イエスの十字架の贖いによって、たましいの救いを頂きました。今しばらくの間は、さまざまな試練の中にあることでしょう。しかし、何ものによっても失われることのない主からの「生ける望み」をもって、「イエス・キリストの現れのときに称賛と光栄と栄誉」(Ⅰペテロ1:7)を期待して歩み続けましょう。

結び

激しい迫害下の聖徒たちは、御子イエス・キリストの十字架の贖いによる「たましいの救い」を頂き、「生きる望み」を持って歩み続けました。今も変わることのない主は、私たちにも世の終わりの完成を目指して歩むように導いてくださっています。この一年も、「終わりのときに現されるように用意されている救いをいただく」ために「生ける主の望み」を持って歩み続けましょう。

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