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『救いの門』

説教:髙橋正人 牧師
聖書箇所 マタイ7:13-14

はじめに

本日の聖書箇所から、主イエスが私たちに、「狭い門から入りなさい」と語られた招きの言葉をみてまいります。

Ⅰ.主イエスの招き

主イエスは、山上の説教の中で「狭い門から入りなさい」と命じられました。それは、「滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。」と、主はその理由を告げられます。

主が「狭い門から入りなさい」と命じられたのは、すべての人に主の救いを与えて、真の命へと招くために語られた言葉です。この主の招きに対して、中間はありません。私たちの選択は、この救いの招きを受け入れるか拒否するかのどちらかなのです。喜んで主の招きを受け入れ、狭い門から入って真の命に至る者とされましょう(ヘブル3:15)。

Ⅱ.主イエスは「門」であり「道」である

この「狭い門」とは、主イエス御自身のことです。また、それに続く「狭い道」も同じです。主は、「わたしは門です。だれでも、わたしを通って入るなら、救われます。」(ヨハネ10:9)と語られます。さらには、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」(ヨハネ14:6)と宣言されています。主イエス御自身が、私たちが救いへと至る唯一の門であり道です。

狭い門から入り、狭い道を歩み続けるとは、主イエスを信じて、天の御国を目指して主と共に信仰の歩みを続けていくことです。主イエスの十字架の贖いによって、聖霊がキリスト者の内に居られます(Ⅰコリント12:3)。主の救いを頂いた私たちは、内に住まわれる聖霊によって生かされているのですから、聖霊に導かれて、進もうではありませんか(ガラテヤ5:2)。

Ⅲ.御国への一本道

「狭い門」もそれに続く「狭い道」も、人の力で門を開き、努力と忍耐をして歩み続けなければ永遠の救いに至らないというものではありません。これは主イエスの招きなのですから、主を信じ、主に従いなさいということです。

私たちを招いてくださった主は、主を信じる者を主なる神との幸いな交わりに生きるようにしてくださったのです。私たちの日々の歩みの中に、主がおられます。私たちの一足一足の歩みを、その足下から支えて、導いてくださいます。

私たちのためにイエス御自身が救いの道を備え、永遠の命の道を開いてくださいました。主イエスの救いという「狭い門」であっても、そこから入れば、それに続く狭い道は神の御国への一本道です。主が備えてくださった救いの門から入り、永遠の命へと導かれる主と共に歩み続けましょう。

結 び

主イエス・キリスト以外には、だれによっても救いはありません(使徒4:12)。ですから、主が用意してくださった救いは、世の人々の目には「狭い門」のように、またそれに続く道も狭く見えるのです。しかし、主イエスを信じ、主と共に歩む道こそ、確実な救いであることを覚えましょう。

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