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『いつくしみ深い主』

説教:髙橋正人 牧師
聖書箇所 Ⅰペテロ2:1-5

はじめに

ペテロは、主イエスの救いによって新しく生まれた者の生活について教えます。具体的には、主イエスにならって、兄弟愛を堅く保つということですが、そのために必要な勧めを見てまいります。

1.全ての悪意を捨てる

ペテロは、前章で教えた兄弟愛を堅く保つために(Ⅰペテロ1:22-25)、まず「すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨て」(Ⅰペテロ2:1)るように命じています。これらはみな、他者に対する悪しき行為であり、「兄弟愛」を壊してしまうものです。主イエスは、「口から出るものは、心から出て来ます。それは人を汚します」(マタイ15:11)と言われました。

これらの悪意は、主イエスを信じた時に、古い罪に死んで、新しい主の命に生きるものとされた時に脱ぎ捨てたものでした。しかし、主を信じた後も、私たちは罪と戦わなければなりません。私たちは、常に心を主の御言葉によって守らなければなりません(箴言4:23)。主イエスの救いを頂いた私たちは、「塩味のきいた」(コロサイ4:6)、人の徳を高める言葉を語らせて頂くために(Ⅰテサロニケ5:11)、いつも主の御言葉に養われましょう。

2.純粋な御言葉を慕い求める

私たちクリスチャンは、主の御言葉と御霊によって、霊によって新しく生まれ、主イエスの復活の命に生き続ける者とさせて頂きました。主の御言葉こそが、私たちを成長させてくださいます。信仰の成長のために、ペテロは「純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい」(Ⅰペテロ2:2)と勧めます。それは、乳飲み子が乳を飲んで成長していく姿にたとえているものです。人の都合にあわせて御言葉に付け加えたり、差し引いたりしてはなりません。

御言葉によって成長させて頂く私たちですが、人の悪意は信仰の成長を妨げてしまいます。それは、いくら純粋な乳を飲んでも、害のあるものを取り込めば成長を妨げるのと同じ事です。また、悪意や悪口、偽善などは、自分だけではなく、聞いた者たちをも巻き込んでしまいます。主イエスが弟子たちを愛したように、私たち主の愛を頂いた者は、主の愛にならい、悪に善をもって打ち勝たせて頂きましょう(Ⅰペテロ3:9)。

3.主はいつくしみ深い方

ペテロは、私たちの信仰の成長と救いのために「純粋な、みことばの乳」が必要不可欠であることを示していますが、御言葉は義務的に食べるものではないことを教えています。「主がいつくしみ深い方であることを味わっている」(Ⅰペテロ2:3)とは、主の御言葉は、存分に味わい、楽しむことができる喜ばしい食べ物であるという意味を含んでいます。

ペテロは、私たちに主にある過去の救いの経験を思い起こさせ、御言葉を通して主がいかにいつくしみ深い方であるかを示しています。それは、単に主が与えて下さるいつくしみというだけではなく、主イエス御自身のことを語っています。私たちは御言葉と御霊を通して、主との交わりに入れて頂いているのです。主は恵みに、さらに恵みを注いで下さり、喜びで満たして下さることを感謝しましょう(ローマ5:2)。主の慈しみ深さ、愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を頂いていることを覚えて(エペソ3:18-20)、大いに主を誉めたたえ、この良きお方、主イエスの救いを宣べ伝えてまいりましょう。

まとめ

私たちは、主イエスの十字架の贖いによって救いを頂き、信仰によって主と共に生きる者として頂きました。しかし、私たちは完成した者ではなく、頂いた信仰の成長の途中にあります。このことは、私たちにとって重荷なのではなく、偉大な希望を与える主の恵みなのです。私たちは、いま体験しているよりもさらに勝る祝福に導かれてることを覚えましょう(ピリピ3:13-14)。

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