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『神の恵みの再発見』

説教:高橋正人 牧師
聖書箇所 Ⅱ列王記7:1-10

はじめに

アラム軍に包囲された北イスラエルのサマリヤは、兵糧攻めに加えて飢饉によって、大変な食糧難に陥っていました。そのような中、主は預言者エリシャを通して、人々を救われることを語られました。今朝は、ここから主の救いの恵みを受け取った人々を見てまいります。

1.主の救いの宣言

エリシャを殺害するために遣わされた王の使いは、エリシャを通して主の救いの御言葉を告げられました。王の侍従は御言葉を聞きましたが、それを信じませんでした(Ⅱ列王記7:2)。そのため、彼は自分の目で主の救いを見ますが、その恵みに与れないことを宣言されます(Ⅱ列王記7:2)。

私たちは、問題や困難に直面する時、この王の侍従のように、現状からのみ判断し、自分で見通しを立ててしまうことが多いのではないでしょうか。主は、人の目には不可能と見えることでも、最善の解決を与えてくださるお方です。主が私たちを生かし、導いておられることを信じましょう。「主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。」(ルカ1:45

この北イスラエル王国に起こったことは、真の神を信じないという罪が原因でした。聖書は、全ての人が主の前に罪を持っていること、そして、人間の力では罪を取り除くことが出来ないことを教えています。主は人を罪から救うために、ひとり子イエスをこの世に遣わしてくださいました。主イエス・キリスト以外に人を罪から救うお方はいません(使徒4:12)。

2.主の救いの恵みを受けよ

初めに主の救いの恵みを見つけ、与ることができたのは、王や兵士ではなく、当時の社会では全く無視され隔絶されていた、ツァラアトに冒された人たちでした。町は飢饉状態で、何もしなければ、自分たちもただ飢え死にするということは明らかです。しかし、シリヤ軍の陣営に行くなら、殺されるかもしれないが、生き延びる可能性もあるのではないかと考えたのです(Ⅱ列王記7:3-5)。

この人たちの言葉から、信仰によって一歩踏み出すことについて、私たちは大切なことを学ぶことができます。私たちが人間的な可能性に死んで、主を信じる信仰によって一歩を踏み出す時、主が用意してくださっている救いを受けることができるのです。主は私たちがどんなに罪深いものであるかをご存じです。しかし、憐れみ深い主は、罪人でさえも主の恵みの中に招こうと待っておられます(イザヤ30:18)。父なる神は、私たちのために、救いを完成してくださいました。私たちは、主が用意してくださった完全な救いを、感謝していただきましょう。信仰によって一歩、踏み出しましょう。

3.主の救いを受けた者の使命

主の救いに与ったツァラアトの者たちは、最初はそれを自分たちだけの喜びとし、それを利用して不正をさえ行おうとしました(Ⅱ列王記7:8)。しかし、彼らは本心に立ち返って、「私たちのしていることは正しくない。きょうは、良い知らせの日なのに、私たちはためらっている。もし明け方まで待っていたら、私たちは罰を受けるだろう」(Ⅱ列王記7:9)と言って町に行き、門衛を呼んで、王に知らせました。王は、最初はこの知らせを信じませんでした。しかし、後に偵察隊の報告によって、王は主の救いが確かであることを体験したのです。

主イエスを信じた全てのクリスチャンは、主イエスこそが救い主であることを証しするという幸いな使命が与えられています。主の救いの恵みを自分だけのものとせず、周囲の人々に福音を伝える恵みに与ろうではありませんか。

まとめ

私たちは、不信仰によって、主の救いの恵みを受けることができなかった王の侍従のようになってはなりません。主の御言葉を信じ、望みえないときにこそ望みつつ信じる信仰をもって、主に期待しましょう。主は御言葉を必ず成就してくださいます。また、主の恵みを知る時、その恵みを自分だけのものとして押し止めることはできません。人々に主の大いなる恵みを伝えて行きましょう。

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