先日、3月に中央聖書神学校を卒業する神学生を教会に招いて、食事会を持つ機会が与えられました。教会の兄弟姉妹と共に、卒業生を囲んで愛餐の時を持ち、神学生たちのイエス・キリストを信じるに至った救いと献身の証しに耳を傾けました。キリストを信じ救われて献身に至った背景は、一人ひとり違いますが、どの神学生にも共通して言えることがありました。それは「主のもの」とされている、ということです。
救われる以前、死んでしまいたいという否定的な願望が強く、何度も自傷行為を繰り返してきた一人の神学生が「イエス様と出会って救われてから、自分の力では、どんなに頑張っても生きることもできないし、同じように死ぬこともできないということを知りました」と話していました。これは、神学生に限らず、私たち救われたクリスチャン全員の実感でもあると思います。
「もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。(ローマ14:8)」
卒業神学生たちの証しを聞きながら、このみ言葉を思い起こしました。
卒業神学生招待会
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