忘れられたもう一つの世界遺産

・今回、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産に登録されることになったということです。大変うれしい話だと思います。特にこれは、先に「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」として提出していた推薦書をいったん取り下げ、禁教期に重点を置いた内容に整理して再提出していたものだということです。私は今回の内容が持つ意味は極めて大きいものがあると思います。2世紀半に及ぶ長い弾圧期にひそかに信仰を守り続けてきた人々の内面に着目したもので、世界歴史に類例のない多くの人々の信仰行為に光を当てた素晴らしい決定だと思います。今後多くの方々に一層の注目を浴びることと思いますが、この内面を理解していただけるよう関係者の一層のご努力をお願いしなければならないと思っています。
・しかし、これと同時に私はもう一つ、予てから気になっていたものがあります。それは広島市の平和記念公園に行きますとすぐ目に入る「原爆ドーム」がかなり早い時期から世界遺産に登録されているのに、その三日後に広島と同様の原爆の被害を受け、多大の犠牲者を出したにも拘らず、長崎にはそれにあたるものは存在しないのです。平和公園にある北村西望先生の「平和祈念像」が有名ですが、あれはあくまでも「平和」を祈念する像であって、原爆とは直接の関りはなく、世界遺産にあたるものではありません。
・先年ドイツのベルリンを訪れた時に、市の中心部に残っていたカイザー・ヴィルヘルム記念教会の姿は今でも忘れることはできません。空襲で破壊されたままの旧教会堂鐘楼は戦争を警告する記念碑として残され、それに寄り添うようにモダンな新教会堂と新鐘楼で構成されているカイザー・ヴィルヘルム記念教会は今やベルリン西部地区を代表する建築物と言われ、又貴重な戦争記念碑でもあるとされています。私はこれを見た時、長崎でも同じことができた筈だと思いました。戦後写された浦上天主堂の被災した姿には、昔の面影を留めるところが多く、被災のモニュメントとして保存することができると思いました。当時の市議会や教会関係者からなる諮問委員会も再三にわたり「天主堂の廃墟は保存すべし」とする答申を出し ていたそうです。にもかかわらず、廃墟の撤去、新会堂の建設という方向に向かってしまったのはなぜなのか解せません。何か大きな力が働いたのでしょう。毎年8月9日を迎え祈念式典の映像を見るとき、広島と対比しながら被爆の痕跡が直接には見えず、被爆記念日の式典としてはどうしてもインパクトに欠けてしまいます。「原爆ドーム」に並ぶもう一つの世界遺産が長崎にもあるべきだったのではないかと思うのは私だけでしょうか。 今回の世界文化遺産の指定が、潜伏キリシタンの 「信仰」という内面的なところに着目したものだけになおさらそんなことを感じます。                      (S・M)

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