クリスマスは赦しの時

・今年も年末を迎える時期になってしまいました。一年を振り返り総括しなければならない大事な時期を迎えていると思います。しかし世はあげてクリスマスシーズンという様相を呈していますが、キリスト教の教会暦によれば、この時期は既に新年に入っているのです。しかしいずれにしても、過ぎ去った年を振り返り、それを踏まえて次のステップを真剣に考えるべき大切な時期であることには変わりはないと思います。
・今年は、戦後70周年ということで歴史の大きな節目を迎えていたことは周知のところです。しかし大方の期待とは裏腹に、むしろ戦後の流れを逆流させるような動きが目立ち、この大事な節目の総括はできていなかったように感じます。さらに加えて、テロ活動が極度に活発化し、世界中に不安と脅威を拡散させてきました。問題の根っこはかなり遡って考えなければならないところにあるのかもしれませんが、報復、復讐の連鎖の流れを断ち切れなかった先進国側に大きな責任があるように思えてなりません。
ルーベンス降架図・クリスマスは、人類の救済のためにご自分の命を犠牲にするためにキリスト・イエスがこの世にご誕生になられた記念日なのです。それは人間の罪を赦す神の絶大な愛の現されたときであり、われわれ人類にとっては赦しの訪れである幸いな時として感謝し喜ぶべき時であるかもしれませんが、その陰に大きな犠牲を伴った神の愛を感じなければならないのだと思うのです。昨今の世界の動きを見ていると、この赦しが全く働いていないことを残念に思います。
・クリスマスはまさに『赦しの時』なのです。罪深い人間が神の一方的な愛によって赦された記念すべき喜びの日なのです。その赦しを忘れて、ただ浮かれている状況はクリスマスの本来のあり方からは遠く隔たった姿だとしか言えません。このことは、長い歴史の中でキリスト教会やキリスト教国がいつの間にか犯してきた誤りだったのかもしれません。キリストは繰り返し赦しを教えていますし、使徒パウロも「主もあなたがたをゆるして下さったのだから、そのように、あなたがたもゆるし合いなさい。」と記しています。この赦しの精神が希薄になってしまったのでしょうか、それゆえ、頻発するテロを防止することもできなくなっているのではないかと思うのです。もう一度『赦し』を真剣に考える今年のクリスマスでありたいと願います。 (S・M)

 

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