下山の時代

・80歳の三浦雄一郎さんがエベレスト登頂に成功したという報道はまさに歴史的な快挙であり、高齢者だけでなく多くの人々に深い感動と強い勇気を与えた出来事でした。私も登頂成功ニュースを素晴らしい出来事として心から敬服し、祝福したい気持ちで一杯になりました。しかし、無事下山して麓にたどり着くまでは安心できないという一抹の不安がぬぐえませんでした。なぜなら、過去にも下山途中の事故が圧倒的に多いという記録があるからです。しかし無事に帰着したということで一安心したところです。

・そのニュースを聞きながら先般読んだ「下山の思想」(五木寛之著)を思い出しました。実に優れた文明批評だと思っています。東日本大震災を踏まえての発言ですが、高度経済成長で世界第2位の経済大国にまで上り詰めた我が国が、これから如何に安定的に下山していくか考えなければならないこの時期に起こった出来事です。登山しっぱなしということはあり得ないのです。必ず下山しなければならないのです。そこではどのように穏やかに軟着陸するかが大きな課題です。

・下るということにはマイナスのイメージがあるのかもしれませんが決してそうではありません。それは“新しい物差しを持つ”ことだと五木氏は述べています。軍事力や経済力ではない新しい国のあり方を目指すべきだと言うのです。経済の驚異的な発展の陰で私たちは実はたくさんのことを見失ってきたようです。今、我々が持つべき新しい目標は何だろうか。興味深いことに、ここで五木氏は「少年よ、大志を抱け」というクラーク博士の言葉を引用しながら「神の御前にそれに相応しい生き方をめざせ」とクラークは教えてくれたのだ、私たちもそれぞれに相応しい大志を抱くべきだと述べています。

・私たちは今まであまりにも背伸びをし過ぎてこなかったか、際限ない人間の欲望に振り回されてこなかったか、今下山の時を捉えて考え直すべきではないかと思います。一人一人がいたずらに競い合うことなく、自分に出来る最善を目指し、ゆとりと調和のある社会づくりに励むことが求められているのではないかと思います。下山する時は、登山する時よりも遙かに視界が開け、いろいろなものが見えて来ます。自分の置かれている位置も分かります。見失ったものも見えてくるかもしれません。この下山の時代を慎重にかつ真剣に生きていきたいものです。社会としても、個人としても同じように生き方が求められてくると思います。

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