心臓の破れた男

今年は、P・ブリューゲルの絵画「バベルの塔」が来日し、東京と大阪で大々的に展覧会が開かれました。この絵は、実に24年ぶりに来日したということで大きな反響を呼んでいるようです。私もこの絵を来日時に日本でもお目に掛かったし、その後オランダまで追いかけて、ボイマンス美術館まで見に行ったこともあり今回も大変感慨深い再会を果たし、感激ひとしおです。実はこのボイマンス美術館のあるオランダのロッテルダムは私の思い出に強く残る町なのです。ロッテルダムが私に強い印象を与えたのはブリューゲルだけではありません。もう一つ別の強烈なインパクトをもって迫ってきたモニュメントがあるのです。それはボイマンス美術館を出て、ぶらぶら歩くこと数分のところにある、ロッテルダム港の岸壁に続く海洋歴史博物館の横にある広場に据えられた一つのブロンズの像でした。
それは旧ロシア領のベラルーシ出身で、ユダヤ系の彫刻家オシップ・ザッキンの作品で「破壊された都市」と題するモニュメントで高さが5メートルはあろうかという巨大な彫像です。ロッテルダムは、第二次世界大戦中の1940年5月14日、ドイツ軍の空爆により壊滅的な被害を受けました。工業や水運の中心都市でもあったロッテルダムは重要な攻撃目標になったのでしょう。都市の中心部は殆ど焼失してしまい、甚大な被害が発生したと報告されています。ザッキンは戦後まもなくロッテルダムを訪れ、その惨状を目にして戦争への強い怒りを直ちに作品として残したということです。天を仰ぐかのように両手を高くつき上げ、胴体の心臓にあたる部分は大きくえぐられ、顔の部分は大きく口が開かれ天に向かって何事か叫んでいるように見えます。この像の原題は「破壊された都市」というそうですが、一般的には「心臓の破れた男」と呼ばれおり、私もその方がはるかにこの作品にはふさわしいような気がします。まさにはらわたをえぐられるかのような痛みを覚えながら、戦争への恐怖と無差別な暴力に対する強い怒りを感じ取らずにはおられない圧倒的な気迫のこもった作品だと思います。この彫像の胴体に大きく開いた空洞はいったい何を意味するのだろうか、何を作者は訴えたいのだろうか。一般的にはこの都市の中心部を全壊されたロッテルダムの町を示しているのだという説明もありますが、この前にたたずむ私には別の迫りも感じるのです。両手を高く上げ、天を仰ぎ、口を大きく開いているその姿は、私には十字架に架けられたキリストが、天に向かい人類の罪をとりなしている姿にも見えるのです。ザッキンには宗教的な意図があったかどうか知りませんが、見ている私にはそのような迫りを強く感じるのです。
いつまでも懲りずに殺し合いをしている人類の愚かさは、近代兵器による攻撃で一般市民を巻き込んだ甚大な被害を発生させ、実に多くの人々の生命を奪っていきました。

このザッキンの怒りと絶望、祈りの姿は、戦争という人類の犯した最大の愚行を糾弾し、全人類に訴えている20世紀最を代表する作品の一つと言ってよいと思います。
先日も再びこの像の前に立つ機会を得ましたが、厳粛な祈りの気持ちでしばしこの像と対峙する大切な機会を得たと感謝しています。                           (S.M)

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